『週刊ダイヤモンド』7月29日号の第一特集は「三井・住友・三菱・芙蓉・三和・一勧 6大企業閥の因縁」です。戦後日本の発展を支えた6大企業集団。
6月末日の夕暮れに染まる東京・丸の内。皇居を一望できる三菱商事ビル21階の三菱クラブには、懇親会に出席するため、三菱UFJフィナンシャル・グループ(MUFG)の経営幹部が一堂に会していた。
ただ、そこに本来いるはずの人物の姿はなかった。その人物とは、MUFG傘下で三菱グループ御三家の一角、三菱東京UFJ銀行(BTMU)の小山田隆前頭取。早くから将来の頭取と目され、昨年頭取に就任しながら、「健康上の理由」からわずか1年余りで退任した悲劇のプリンスだ。
この退任理由を額面通りに受け取る関係者は少なく、さまざまな観測が飛び交うが、BTMU幹部はこう断言した。
「平野さんと本店9階の板挟みで疲弊していたのは間違いない」
「平野さん」とはMUFG社長でもある平野信行・BTMU会長のこと。では「本店9階」とは何を指すのか。
実は、BTMU本店9階には応接室や会議室、役員食堂の他に、歴代頭取経験者の個室がある。
小山田前頭取が退任を決めたとき、9階には5人分の個室があったとされる。
小山田前頭取の2代前の頭取である永易克典相談役、3代前の畔柳信雄特別顧問、4代前の三木繁光特別顧問(東京三菱銀行)、5代前の岸曉特別顧問(東京三菱銀行)、7代前の若井恒雄特別顧問(三菱銀行)の5人だ。6代前の頭取はすでに鬼籍に入っている。
この9階メンバーを中心に構成されるOB会は、銀行経営にも強い影響力を持つとされる。
しかも特別顧問に任期はなく、“終身顧問”として、「個室」「車」「秘書」の3点が一生涯付く。「無報酬の名誉顧問とは異なり、報酬も出る。90歳を超える御大もいれば、車椅子で通勤してくる人もいる」と元BTMU役員は明かす。
ちなみに、BTMUが誕生して以降の頭取は三菱銀行出身者が独占してきた。9階に個室を持つ特別顧問も全員が三菱銀行出身。三和銀行出身など“外様”の特別顧問は、旧東京銀行本店の日本橋別館に追いやられているというから、三菱のしたたかさには舌を巻く。
「三菱」の冠に固執する有力OBが平野会長と行名変更で暗闘
BTMU内では今、OB会を牛耳る9階の権力者と平野会長との間で暗闘が繰り広げられている。
5月に発表されたBTMUの行名変更をめぐっては、平野会長は「MUFG銀行」にする方針だったが、「三菱」の名前を外すことにOB会が大反発。
BTMUではトップ人事にもOB会の意見が反映されながら、早い時期から候補者が絞り込まれ、「頭取学」を学ばせていく仕組みが定着していた。
金融庁は経営陣の意思決定を阻害する元凶として、こうしたOB会による実質的な「院政」をかねて問題視していた。
そんな中、京都大学・国際畑という傍流出身である平野会長は改革の一環として、東京大学・企画畑が中核を占めるOB会の力の源泉となってきた、相談役・特別顧問制度の廃止までも検討していたとされる。
慌てたのが、自らも東大・企画畑の保守本流を歩んできた小山田前頭取だ。平野会長がやろうとしている改革は、自らを引き上げてくれたOBに弓を引く行為だった。
「平野さんが進める改革は方向性として正しいけれど、当事者としてOBなどと難しい調整を強いられた小山田さんは憔悴し、精神的に追い詰められていった」とBTMU幹部は打ち明ける。
経済産業省が3月に公表した上場企業を対象に行った調査(874社回答)によると、78%の企業で相談役・顧問制度があり、62%の企業で現に在任中という結果が出た。そもそも相談役・顧問は日本特有の慣行だ。株主総会の議決を経ずに選任することができ、経営責任を負わないにもかかわらず、経営に影響力を及ぼす恐れがあり、外国人投資家などからの批判が強まっていた。
そこで政府は来年にも、相談役や顧問の実態を開示させる新制度を導入する方針だ。すでに日清紡ホールディングスなど相談役・顧問制度の廃止に踏み切った企業も出てきた。
全ての頭取経験者に終身で、「個室」「車」「秘書」の3点セットを与えるのは過剰な待遇であり、有力OBによる院政が敷かれて、ガバナンスに支障を来すのは必然の流れといえる。あるBTMU役員は「年功序列のヒエラルキーが死ぬまで続く異常な世界」とあきれる。
御三家のほころびは三菱ブランドを毀損し、グループ全体に波及する。厳密なガバナンスがあってこその「組織の三菱」であり、立て直しが急務だ。