公立小学校を選ぶ時代に
公立学校を選ぶために引っ越しをしました――。
東京・板橋区に住む小川一真さん(仮名)は今年9月、子どもの小学校進学を前に板橋区内の別の地域に引っ越した。
引っ越す前に進むはずだった小学校では、校内に「廊下を走らない」という標語の下に英語や中国語の文字が書かれていた。小川さんは「授業は本当にうまく進むのだろうか」と不安を感じていた。
一方で、別の小学校で行われていたプレゼンテーション授業を見た時、小川さんは「子どもが自分自身の考えを堂々と伝えられている」と胸が熱くなった。不動産業者からも「評判が高い」と聞いており、「子どもの教育環境を大事にしたい」と思い、その小学校の通学区域に引っ越しを決めた。
小川さんのように、よりよい環境に恵まれた公立小学校に子どもを通わせようと、小学校の学区を決めて引っ越す親がいま増えている。中には名門公立小学校を目がけて、区や市をまたいで転居する家庭さえある。不動産業者が小学校区を売り文句にすることもあって、「公立小移民」とも呼ばれるこの現象は過熱しつつある。
割安な教育費で済み教育熱心な親が集まる
それではなぜ、小学校区を選ぶのか。理由は大きく3つある。
まず、お金がかからないことだ。今後の受験を見据えた親としては、公立の安価な費用は魅力的だ。
しかしながら、公立小学校を選ぶといっても実はそれが難しい。なぜなら、校長や教員が定期的に異動するため、学校の雰囲気が年ごとに変わる。口コミや公開授業で情報を集めても、都内だけで公立小学校は1000校を超えており、網羅的な情報を入手するのは難しいのだ。
つまり、教育熱心な親ほど学校選びに苦慮しているということだ。そこで今回、ダイヤモンド・アナリティクスチームでは、学力と推計年収のデータを軸にして、公立小学校選びに役に立つ情報をまとめた。特集「教育環境力ランキング」として、小学校区ごとの通学地域を町丁ベースで特定し、次の5点を総合的に評価し、得点化した。
・推計年収:世帯平均の推計年収で、年収が高い世帯が多いほど教育熱心な親が多いと見た。
・地価:小学校から半径1キロメートル範囲の平均住宅地価で、高いほど年収の高い世帯が多いと見た。
・安全性:千人あたりの年間犯罪発生件数で、低いほど地域の安全性が高いと見た。
・人気度:小学校の児童の人数で、児童数が多いほど人気が高いと見た。
・学校教育:小学校がモデル校や研究開発校などに定められていれば教育熱心な環境にあると推察した。主要7自治体のトップ3を公開
ここでは、人気の都心6区+人気1市に限ってランキングトップ3を公開しよう。
注目度の高い文京区のトップは、窪町小学校区だ。窪町小学校は、丸ノ内線茗荷谷駅に近く、国立筑波大学附属小学校と国立お茶の水女子大学附属小学校の間に位置する。推計世帯年収は803万円と今回の調査で上位5%以内に入り、児童数も774人で文京区1位とあって、教育環境の優れた小学校区なのだ。
ただそう言うと、目の肥えた読者であれば、ブランド校とも呼ばれる昭和小学校区(5位)、誠之小学校区(7位)、千駄木小学校区(8位)の「3S」がトップ3に入っていないことに疑問を持つことであろう。
その差は、小学校がモデル校や指定校かどうかにある。窪町小学校は、2018年度と19年度に文京区教育研究協力校の指定を受け、国語科において論理的思考力の育成に取り組んでおり、この11月にはその研究発表も行う予定だ。3Sは今年度、そうした指定を受けていないことが点数の差になった。
また、2位と3位の本郷小学校区と湯島小学校区は、モデル・指定校であると共に、地価の高さが目立つ地域である。いずれも1平方メートルあたり公示価格が100万円を超えているからだ。今回のランキングは、こうした特性がある点をご理解いただきたい。
さて、場所を移して目黒区トップの東山小学校区は、教育熱心な親のなかでも知る人ぞ知る校区だ。自然に囲まれ、最寄り駅が東急田園都市線の池尻大橋駅という好立地で、目黒の中でもひときわ受験熱が高い。実は通学区域には外資系企業に勤めるようなハイスペックな親が住む地域というだけでなく、500戸を超える大規模な国家公務員向けの宿舎もある。
従って、海外勤務を経てきたような高級官僚の子弟が通うため、「児童の大半が受験し、しかも有名校に入るケースも多い」(子どもを通わせていた親)といわれる。実際、今回の調査で周辺地域の官舎・社宅比率を算出すると、13.6%と他に比べてかなり高い。
千代田区でトップとなったのは九段小学校区だ。九段小学校は3位の番町小学校区ほどのブランドはないものの、昨年、完成したばかりの新校舎とあって私立学校以上の設備が整っている。さらに、都の指定を受けて「プログラミング的思考の育成」が進んでいる。
中央区と港区のトップには、タワーマンションの並ぶ勝どきや月島、港南地区の学区が入った。
このように同じ公立小学校といっても、その教育環境力はさまざまだ。それぞれの学校区の特徴を知ることで子どもによりよい教育環境を与えられるはずだ。今回はデータで教育環境力に迫ったが、公開授業や現地の声を聞いて、実際の教育環境を見極めてもらいたい。