ひきこもる長男とその家族の姿を描いた作家・林真理子さんの新刊『小説8050』(新潮社)が発売され、話題になっている。「ひきこもり」や、80代の親がひきこもり状態にある50代の子の生活を支える「8050問題」、さらに「学校のいじめ」をテーマとして扱い、「週刊新潮」で連載されていた頃から多くの反響があった。
物語は、小さな商店街で歯科医院を営む主人公の大澤正樹と、中学2年生から7年間ひきこもってきた長男の翔太との父子関係を軸に描かれる。正樹と妻の節子は、長女で翔太の姉である由衣の結婚話をきっかけに、ひきこもる息子を外に出そうと公的機関などに相談したり、引き出し業者に依頼したりしてきたが、翔太の気持ちをもっと知ろうと決断し、彼が口にした「復讐」という言葉を手掛かりに動き出す。
筆者も、「週刊新潮」に連載中から情景が思い浮かぶような家族間のリアルな展開に引き込まれ、発売日になるとコンビニに買いに走るほど連載のファンだった。ひきこもり者の数は全国で推計約115万人に上り、当事者親子の高齢化の課題が顕在化していっている。インタビュー前編では、著者の林真理子さんに『小説8050』が生まれるまでの経緯や小説のリアルさの秘密などについて聞いた。(ジャーナリスト 池上正樹)
林真理子さんの新作『小説8050』が描く「ひきこもり」のリアリティー
――仕事柄、多くのひきこもっている方やそのご家族、その人たちを支えている人たちに会いますが、みなさん、この作品は非常にリアルだと話していました。
ひきこもるお子さんは、周囲にもたくさんいます。出版後、「ひきこもり」に関する企画でNHKのテレビ番組に出演したら知り合いからLINEのメッセージが来て、「(作品のモデルは)うちの息子のことだね」って(笑)。そうではないし、その人がひきこもっているとは思っていなかったのですが、「似たようなものだから」って言うんです。「ひきこもり」という現象は深刻な事例もありますが、捉え方の幅が広いんだなって思いました。
――家族からすれば、わが子の話のように思えるのでしょうね。それだけ身近であり、ひきこもりという状態は1人1人違っていて多様なんです。
家の近所を歩いていると、上品なお母さんから「うちの息子もそうなんですよ」って言われて(笑)。びっくりしました。私は山梨県出身ですが、特に田舎は「8050」が多い印象です。子どもの方が60歳になるという事例も聞きました。
――今回の作品のベースにあるのは父と子の関係であり、家族の温かみみたいなものが全体を通して感じられました。描くに当たって、どんな点を意識されましたか?
ドキュメンタリーは事実を提示しますが、私たち小説家はそれを料理しないといけない。さらに普遍的な何かを与えなければいけないということで、父と子の物語にしました。
――登場人物にモデルはいるのでしょうか?
すべて私の中で作り上げたものです。レビューを読んでいたら、「独断的な初老の男性像が非常にリアリティーがある」と書かれていて、我慢して結婚生活するもんだなって思いました(笑)。
――登場人物全員に共感できて、リアリティーがありました。
お姉ちゃん(由依)は、私が投影されていると思います。「自分が幸せになるために、これは邪魔だな」みたいに合理的に考えるところが(笑)。彼女が、「ひきこもっている弟がいたら結婚できないかもしれない」と思った時に、大澤家の平穏が破られていくというキーパーソンですので、丁寧に描きました。
作家というのは、書いているときにはお芝居の1人4役、5役のせりふを書き分けていく。人を書き分けていくのは楽しいですね。それができなければ、職業作家ではないわけです。日頃から人を観察していれば、作家なら皆できると思います。
例えば、『小説8050』の主人公である大澤正樹は歯科医ですが、これも月に1回、歯のクリーニングに30年くらい通っていて着想を得たものです。そこの歯科医さんから、「インプラント(人工歯根)と審美をやらない限り歯科医には未来がない。虫歯では食べていけない」と聞いていたので、商店街の中の昔はお金持ちだった歯科医という人物設定が思い浮かんだんです。
――物語の中では全登場人物が全力で自分の意見をぶつけていて、そこがリアリティーを強めていましたが、そうすると物語としての落としどころが難しくなるのではないでしょうか。
そうなんです。
私は、いい小説が書けたなと思うときは偶然が重なることが多いのですが、今回もそうでした。新潮社さんが探してきてくださった若い弁護士の方が「7年前の学校のいじめでも民事裁判で訴えられる」と言ってくださったときに、地平線が開けました。「裁判はできない」と言われたら、この小説は諦めたかもしれません。
私は、つい物語の展開を急ぎ過ぎる癖があるのですが、その弁護士さんが『こういうやりとりがある』とか、『まだまだ』『ここで別の弁護士を入れた方がいい』とかアドバイスしてくださって、ありがたかったです」
――どういう経緯で、8050のテーマを描こうと思ったのですか?
次の作品のテーマを決める辺りのタイミングで農林水産省の元次官による長男殺傷事件が起きたんです。この件について編集者と語り合ったとき、当時の報道のされ方から見ると、「人生を懸けて築き上げてきたものが子どもによって全部奪われるってことなのかな?」などと話したところ、「それを書きましょう」と言われました。
私は、自分でこのテーマを書きたいということの方が最近多くて、編集者の方から提案されたのは何十年ぶりくらいです。それに、校正でいろいろ指摘されることもそんなにないのですが、今回は編集者からも新潮社の校正室からも、びっちり付箋が付いてきました。例えば、登場人物が「困惑した」という表現に対して、「ここは怒りの感情でしょう」とか(笑)。
法廷シーンでも弁護士さんから2度も3度も書き直すように言われて、ホトホト疲れましたという感じだったんです。でも、すごく感謝しています。優秀な編集者と校正者が一丸となって助けてくれた感じで、すごくいい感じでコラボができました。
>>後編『林真理子さんが『小説8050』を書いた今、ひきこもる人に伝えたいこと』へ続く
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