ホームセンター業界最大手カインズの組織改革を、その柱の1つである人事戦略「DIY HR®」にフォーカスして、前編・後編の2回連載で、汎用的な組織改革モデルに整理していく。その施策は、「HRアワード 企業人事部門最優秀賞」などを受賞し、第三者から高評価を得ており、業界を超えて日本企業の経営改革に示唆が多い。
人事戦略ストーリー
VUCAの時代の企業成長において欠かせないのが、個々の従業員が「自律」して仕事をしていくことである。その理由は後述するが、多くの大企業経営者がその重要性を認識しながらも、実現できていない。
個人が自律する組織改革を実現するには、相応の「人事戦略」が求められる。しかし、経営者は「人事部にその力がない」と嘆き、人事責任者は「経営層が理解してくれない」と悲嘆するといった状況が現実である。また、新たな制度や仕組みを切り取って紹介する「戦術」事例は世に溢れているが、コンセプトや全体構造、作用機序などを統合的に捉えた組織改革の「戦略」事例は少ない。
そのような中、自律型への変革を目指して人事戦略ストーリーを掲げ、他に類を見ないスピードで一気呵成の組織改革を推進しているのが、カインズである。当事者だった筆者らには、そのように言い切れる自負がある。
この事例をモデル化し、「フレームワーク(持つべき視点の枠組み)」として提示できれば、多くの伝統的な日本企業が個の自律を目指した組織改革を進める上で参考になると考えた。それが、本稿執筆の動機である。
カインズは今、第3創業期を迎えている。
世の中の変化にともない、当グループの経営理念「For the Customers」を実現するには、自分たち自身もデジタル化を推進していく必要がある。その前提においてコーポレートトランスフォーメーション(CX)によって、人と組織をバージョンアップしていくことが必須であった。
第3の創業のため、2019年、現社長の高家正行氏が中心となって戦略構想「PROJECT KINDNESS」を策定した。それは、新事業を開発するSBU(ストラテジック・ビジネス・ユニット)戦略、デジタル戦略、空間戦略、メンバーへのKindnessの4つの柱で構成されている。4つ目の「メンバーへのKindness」が、本稿で詳述する新たな人事戦略であるDIY HR®に結びついてくる。
「メンバーへのKindness」とは、従業員のエンゲージメントを高める施策に他ならない。従業員個々のメンバーが自らを解放し、自らの意思をもって自分の頭で考え、行動することで、内発的動機づけが促され、かつ自発的アクションが多様な仲間と交わる機会を誘発して創発を起こしていくことにつながる、と考えたのだ。
経営執行体制の強化のために他の主要CXO職と合わせて、CHRO職がカインズに誕生したのは2021年、まさにこのタイミングであった。
2020年に「メンバーへのKindness」を推進するために分科会が発足し、メンバーへの詳細なヒアリングをベースとした人事制度改定や施策立案が行われた。ただ、その最中にCHROに就任した筆者の西田は、そこに人事戦略ストーリーがなかった点に大きな物足りなさを感じた。「メンバーへのKindness」の実現には、企業理念とコアバリューを土台に、経営戦略とアラインした(すり合わされた)人事戦略ストーリーが不可欠になるからだ。
この人事戦略ストーリー発案のきっかけになったのは、CHRO就任前2ケ月間の店舗研修中での発見だった。店舗の中を見渡すと、DIY(Do it Yourself)が溢れていたのである。カインズには、くらしを良くするために自分で創意工夫すること全てが「DIY」であるというDIY思想がある。その気づきをもとに人事戦略ストーリーを一気に創りあげた。
カインズにはコアバリューがある。「Kindnessでつながる」「創るをつくる」「枠をこえる」の3つである。1つ目は同社の強みであり信頼の証である「Kindness:親切心」を大事にすること、2つ目は率先して新たなことにチャレンジし、自らがキャリアパスを創り上げていくこと、3つ目は常識を超えて自由な発想をし、多様な環境の中でイノベーションを起こしていくことを表している。この3つのコアバリューをベースにメンバーの行動変容を支えていくのが、DIY HR®のポイントだ。
このDIY HR®を推進することでCXを実現し、デジタル化時代の小売業をリードするという会社目標と個人の自己実現目標のベクトルを合わせ、組織パフォーマンスを最大化することで、社会的貢献と社員幸福度向上の両方の追求を目標とした。
DIY HR®は、DIY Career Path®、DIY Learning®、DIY Communication®、DIY Workstyle®、DIY Wellbeing®の5つの柱から成り立っている。その柱ごとに展開されている施策によって、正社員だけでなく、店舗で働くパート・アルバイトを含めた全てのメンバーの顕在的、潜在的な個の力を引き出して、組織パフォーマンスを最大化することを目指している※。
ORではなくANDの改革DIY HR®を推進すると、すぐに変化の兆しが現れた。
1つ目は、DIY HR®の推進部門である人事戦略本部内での変化だ。形骸化していた朝会がメンバーの発案で充実してきた。リモートワーク環境に合わせ、リモート開催にして、曜日ごとに「DIY HR®」の5つの分野に関するホットで面白い話題を提供している。毎朝の20分間がワイドショー番組をみている感じに変化した。例えば、「DIY Well-being®」の日には、本部にいるヨガのインストラクターを招いてみんなでヨガをやったり、聴覚障害のあるメンバーが講師になって手話を学んだり、「DIY Career Path®」の日にはメンバーがそれぞれ自分のキャリアをプレゼンしたりと盛りだくさんの内容だ。司会は持ち回りにしているので、一人ひとりの意外な個性やポテンシャルを発見することもできた。組織に一体感が生まれ、明るく前向きに「もっとこうしたい」といったさらなる自主性も芽吹いていた。
2つ目は現場の学びに対する変化だ。CHROである西田がある店舗を巡回していると、入社3年目の若手がその姿を見つけて走り寄ってきて「『CAINZアカデミア』を受講しています!白熱教室での講義がとても面白いです。グロービスの『グロービス学び放題』で、ロジカルシンキングやマーケティングの基礎なども受講しています。学んだだけで活用できないのはもったいないので、店舗メンバーにも共有しています」と目を輝かせていた。そこへ店長もやってきて、「昼休みに昨日学んだテーマで議論をふっかけてくるんですよ。
3つ目は管理職の変化だ。店舗建設部の部長との1on1では以下のような告白を受けた。「これまでは仕事最優先で、家族を顧みない生活だった。でも、DIY HR®のコンセプトをあらためて理解し、自分の働き方が時代にあっていないことを猛省した。新たなスタイルで新たな価値を生み出していくことの大切さがようやく理解できた。そこで、今は毎朝のジョギングを日課にし、休日はジムにも通って健康増進に励んでいる。また、娘と観劇に行くなど、家族で過ごす時間を大切にするようになった。そうすることで、日常に余裕と潤いがではじめ、新たなモチベーションの源泉になっている。自分が変われたのは、DIY HR®のお陰です!」。
改革を進めるにあたり、特に大企業組織では、既存事業の継続や改善も重要で、それを安定的に実行する上で、「上からの指示命令をきちんと実行する集権型組織」であることの意義も当然ながらある。それがカインズのこれまでの成長を支えてきたといっても過言ではない。一方で、世の中の変化も無視はできない。これまでは集権型の組織により効率的なオペレーションを実現し、商材や価格を工夫することでお客様のニーズに対応してきた。しかしながら、従業員個々の承認欲求が高まり、多様化が一層進んだことで、これまでのように中央集権的な指示で商材や価格、サービスの工夫をする体制だけではその時代変化に太刀打ちできなくなっているのだ。経営史を振り返ってみても、成功体験に囚われて環境に適応せず事業ドメインを変えなかった巨大企業は姿を消してきた。
VUCAの時代と呼ばれる中、世の中のイノベーションは一人の人間のなんとかその課題を解決したいという強烈なパッションや課題意識によって生まれていることが多々ある。個の能力を生かす個の時代が到来したのだ。現場が自分の頭で考えて行動することで、しなやかにお客様ニーズに対応することが必要になった。それは、上からの指示命令系統を無視することではない。
「停滞の構造」
歴史が浅い新興企業を中心に自律型組織が成功している事例は多くあるが、それが必ずしも日本の伝統的な集権型組織が自律型へ転換するための気づきや動機付けにはなりづらい。
そこで、これまで事例として解説してきたカインズにおける組織課題と改革のプロセスを、一般の企業が応用できるように汎用化を試みた。まず、伝統的な日本企業が陥りがちな負のスパイラルをまとめると、図表1の通り表現される。
言われたことはきちんとやるが、指示待ち、他者依存という「他律」の状態。外発的動機により動くため、やらされ感が蔓延している。経営や人事が「自律」の旗を振れども、かつての個が会社に従属している世界観が根強く残存している伝統的な日本企業は多い。
それでは、この状態を創っている「構造」は何か。
まず、会社側の問題がある。発想の起点がWhy(なぜ)ではなく、What(何を)になっている。権威づけされた流行りの制度・施策に興味を示し、模倣や部分最適の施策に飛びつく。それを、設計者側の言葉で落とし込み、安直で簡単な「制度」という名の過剰なルールで個人を縛ろうとする。
一方で、この「他律」の状態を会社側の問題だけで捉えるのは適切ではない。個人と組織の問題にも触れる必要がある。自分の頭で考えずに、「短絡的に答えを探そう」「答えを当てに行こう」とし、上位者から与えられた仕事に対し「受動的に遂行」する姿勢が染み付いている個人が少なくない。組織においても、上位者に権限を集中させる「集権型組織」の構造を残存させている実態もある。
このような「変わりたくても変われない」伝統的な日本企業が自律型に変容できる術を示せれば意義があると考えている。そこで、連載の後編ではここまで紹介したカインズの改革事例を抽象化し、組織改革の全体構造や作用機序を明らかにしたフレームワークを提示していきたい。