ホームセンター業界最大手カインズの組織改革を、その柱の1つである人事戦略「DIY HR®」にフォーカスして、前編・後編の2回連載で、汎用的な組織改革モデルに整理していく。その施策は、「HRアワード 企業人事部門最優秀賞」などを受賞し、第三者から高評価を得ており、業界を超えて日本企業の経営改革に示唆が多い。

本稿は、同戦略をリードした元執行役員CHRO(現ブレインパッド常務執行役員CHRO)の西田政之氏と、外部コンサルタントとして人事制度改革面で関与したパーソル総合研究所ディレクターの伴雄峰氏が共同で執筆する。後編は、カインズでの改革実績を基に、人事戦略を中核とする組織改革のフレームワークを提示する。

フレームワーク確立に必要な
ステップと要素

 フレームワークの確立は、組織改革の目的を明らかにすることからはじまる。カインズのケースでは「自律」を中心に置き、「自ら考え、学び、行動する」ことを促すために、一連の改革があると明確にした。内発的動機を源泉に自律的に動けることは、「エンゲージメント」を高めるためにも重要である。そして、その自律的行動を促すためには、大きく2つの原動力が必要となる。

 1つ目の原動力が「人事戦略」であり、コンセプト、アライメント、マーケティングという3要素が持つべき視点である。

 コンセプトとは、改革のWhyであり、いかにして皆が共感する理念を示せるかが鍵になる。この仕事は「アート」的な仕事であり、クリエイティビティが求められる。コンセプトが全ての起点であり、改革を進める中で常に立ち戻るべき拠り所になる。カインズでは、DIY HR®のコンセプトがこれに当たる。

 アラインメントとは、コンセプトに沿ってあらゆる人事の機能・施策を繋げることである。

そして、このアラインメントは5年、10年かけて実現するのでは遅い。旧態依然の人事機能や施策は、改革をスローダウンさせる。そのため短期間で個人の変化を促せるだけの質と量を備えた施策の展開が求められる。

 カインズでは、DIY Career Path®、DIY Learning®、DIY Communication®、DIY Workstyle®、DIY Wellbeing®の5つの柱を立て、DIYHR®のコンセプトと繋がりを持たせた圧倒的な量の施策を一気呵成に推進している。

 そして、マーケティングの視点も欠かせない。せっかく作っても伝わらなければ、そして理解されなければ、意味がない。改革のコンセプトから伝えられる人財を養成すること、設計者目線ではなくナラティブなストーリーにして社内外のあらゆるチャネルを使って伝えることも大切である。また、従業員サーベイなどを通じて成果や問題を客観的に認知し、持続的な人事の進化につなげることも効果的である。

 カインズでは、人事戦略本部メンバーをエバンジェリストとして養成し、店舗を回ってナラティブに語りかけて回った。また社外にも取組みの価値を積極的に訴求して、「HRアワード 企業人事部門最優秀賞」(日本の人事部主催)などを受賞した。社会的な認知が社内での取組みを加速させる効果があるためだ。加えて、eNPSを用いての継続的な改善活動も進めている。

 2つ目の原動力は「変容する個と組織」であり、哲学的思考、主体的体験、連携型組織という3要素が持つべき視点である。
 
 哲学的思考とは、「自分の頭で考える」ことである。これは逆説的だが、「異なる他人を自分の中に住まわせ、他人の思考や想像をなぞらえて、他人の頭で考えること」である。その過程で「イントラパーソナルダイバーシティ」が育まれる。学びには、自身の言動や内面を客観的に省みることや、自ら問いを立てることが習慣化された個人のあり方こそが大切となる。自律を志向した組織改革では、個人の側もいかに変わろうとするか、変われるかが問われるのだ。

 カインズではCAINZアカデミアと称して、30年後の未来小説を書くことを通じて“枠をこえる”体感をする「SF思考ワークショップ」や、哲学やアートを中心としたリベラルアーツを学ぶ「カインズ白熱教室」、社長が塾長を務める「高家塾」などユニークなラインナップを提供した。これらは、自分で学ぶ意欲がある人に受けてもらいたいとの考えから、原則全て公募制としている。こうしたユニークな研修を通じて、今まで接したことのない社外の有識者との繋がり、知的好奇心を満たす内容に触れることで、学びに覚醒する人も多く出ている。
 
 次に主体的体験だが、経験から学びを促すことが効果的である。そして、こうした体験は他者からの押し付けではなく、自ら選んで体験することで、より大きな効果を発揮する。そのために、会社としては個人が自らの意思で仕事を選び、体験できる制度を導入し、主体的な体験からの学びを活性化させることが有効だ。

 カインズでは、従来は会社都合の人事異動が中心であったが、組織変革の開始後は自らがなりたいポジションに手を挙げる公募制を段階的に導入した。結果、現在では20~30%ほどが自らの意思をもとにした公募制での異動を実現している。カインズには140もの職種があるので、社内公募を活用することで、カインズの中だけでもユニークなキャリア形成が可能となる。加えて、社内副業・社内インターン制も進めていき、興味がある仕事が自分に合っているか試したい人に対して、その職務を数週間から数ケ月気軽に体験できる仕組みも導入した。これらの制度を通じて、自分の意思を起点に主体的な体験をした個人の中からは、「今まで自分とは縁遠かった自律的なキャリア形成の世界観が、身近に感じられた」との声も出ている。
 
 最後に連携型組織についてだが、よく言われる自律分散型ではなく、自律“連携”型を作ることが鍵である。自律連携型組織は森をメタファーにしている。木に見立てた1人1人は自律し、独立して立っているが、地下では菌糸のネットワークを通じて根できちんとつながり合いながら、1つの共生体として息づいている。森は地下世界に脳のニューラルネットワークと同様のシステムを有しているのだ。まさにそれが自律連携型組織の目指す世界観と言える。

そのためには、相互の繋がりを育むための1on1の浸透や、菌糸の役割を果たすHRBP(Human Resource Business Partner)を中心とした人事部門の縦横無尽な動きに加え、社内外とのネットワーク作りが効果を発揮する。カインズでは、自律連携型を作る上で、これまでの集権型組織の良さも生かした。

会社や組織の方針に素直に反応し、素早く動けるメカニズムを生かしつつ、自律型を組み合わせて、適切なハイブリッド構造を創り上げたのだ。

 ここまでの内容をまとめたのが、図表2である。「人事戦略」と「変容する個と組織」の両輪が上手く噛み合えば、心理面・行動面で変容する個人が段階的に増えていく。

 この両輪はどちらか片方だけでは機能しない。例えば、「人事戦略」の輪は高速で回っているが、「個人と組織」が変容していなければ会社や人事の「空回り」になる。その逆の場合は、自律した個人にとっては「物足りない会社」に映る。会社全体でのダイナミックな動きと、個と組織に寄り添い変容を促すバランスが鍵となるのだ。

改革をスローダウンさせる壁

 ここまで述べた内容(図表2)は、改革を促す全体構造や作用機序のフレームワークである。一方で、「自律型」に変わりたいと願い、組織改革を進める過程で様々な壁が立ちはだかり、スローダウンを余儀なくされてしまう実態も散見される。

 改革を促進する要因だけではなく、改革をスローダウンさせる「壁」とも言える阻害要因への認識と対処も必要なのだ。

 それらの壁を明らかにするとともに(図表3参照)、カインズの改革からの示唆も述べたい。

 第1が、経営の壁である。

昨今人的資本経営の概念が注目され、人を投資の対象として持続的な企業価値の向上に繋げる重要性が浸透しつつある。しかしながら、短期的な利益に繋がりづらく、メリットが不明瞭であるが故に、大規模な人への投資判断は為されづらいのが実情である。

 また、戦略レベルの組織改革は、経営イシューとして然るべき「経営体制」を組成して進めるべきものだが、人事が単独で進めると、頓挫する、または矮小化するケースも多い。

 カインズでは、ガバナンスと経営それぞれの責任を明確化した上で、自律的な経営体制を確立することを目的に、「CXO(執行責任者)体制」を導入している。全体を俯瞰した「CXO体制」が一枚岩となり、企業理念の実現に向けた組織改革推進を大きく後押しした。他の企業では壁となる経営が、カインズではチームを組んで改革を加速させたのである。また、経営が重視するNPSとeNPSの相関関係があることも踏まえて、人事戦略を実行しており、正社員のeNPSが4ポイント改善している(2022年6月時点)

 第2は、組織の壁である。各組織のトップや管理職の変容を促せていないが故に、抵抗勢力となり改革が骨抜きになることや、組織運営の仕組みがアップデートされていないために機能不全を起こすこともある。

 カインズでは、個々の自律を促す上での上司の役割の重要性を伝え、「傾聴する」、「質問する」、「承認する」などのコミュニケーション力を高めるためのスキルの習得を支援する研修を導入した。ユニークなのは、その展開順序である。まず社長以下の役員からはじめて本気度を示したのである。その上で、本社の管理職だけでなく、230を超える店舗の店長・マネジャーにまで展開していった。

また、とかくこうした検討は人事内で閉じてしまいがちだが、カインズでは各組織のトップ層が参加する人財開発会議を月1回開催し、意見照会しながら施策をブラッシュアップしている。人事が経営から承認を得て、各組織には結論だけ伝えるケースも多い中で、課題設定や方針策定の段階から連携していることも特徴的である。

 さらに、人事部門のリソース(質・量)不足の問題も起きがちだ。オペレーション中心の役割だった人事が、いきなり戦略レベルで機能するのは難しい。カインズでは、改革当初の人事は社員が2万8,000名に対して、46名と少なかったが、「DIY HR®」のコンセプトに共鳴する同志が社内外から集まり100名にまで拡大し、戦える体制を整えた。

 第3は、個人の壁である。個のニーズは多様化している。画一的な制度・施策では機能しないが、一方で企業規模が大きくなるほど、完全に個々に寄り添った制度・施策は非現実的である。また意識や能力のレベル感にも、ばらつきがある。「自律」は個人にとって薔薇色の世界でもなく、優しくて甘い世界でもない。その前提となる厳しさや学びの大切さを伝えきれず、会社側の支援が空回りすることも起きがちである。カインズでは、昇格も、異動も、学びも全て「手挙げ制」で運用されている。意識を高く持ち、自ら取りに行く個人こそが成長し、報われる会社にしたいとの思想を制度運用にまで浸透させているのだ。このような運用を浸透させる中で、キャリアを自律的に考える割合が8割に達している(2022年6月時点)

アートの重要性

 本稿ではカインズの事例をベースに改革の促進要因を体系化したフレームワークと、阻害要因として現れる壁への対処のヒントを示してきた。ここまでは全体構造や作用機序を中心に説明してきたが、最後に、「コンセプト」にアート(Art)としての美しさを持たせる重要性に触れたい。

 これまでの日本企業の組織改革では、アートを意識して扱った事例は少ない。

 これに対して、ヨーロッパ(特にフランス等)でアートが発展してきた背景の一端には、異なる言語や文化の国々と隣接している環境の中で、何とかして自分たちの主張したいことを相手に伝え、理解してもらう必要があり、その表現手段がアートであったという側面が少なからずあるはずだ。

 それならば、これだけ多様性が叫ばれている現代において、経営や人事からの発信やメッセージにもアートとしての美しさがなければ、あるいはアートとして多様な人々を惹きつける魅力がなければ、全社に、社員に浸透するはずがない。

 それにも関わらず、日本企業の経営や人事は「組織改革をやる」とか、「この制度を導入する」といったWhatから作り、問題解決の論理だけで語りがちである。本来は、何のためにやるのかというWhyの視点からコンセプトを創り、目指す姿に向けた物語として語る必要があるのだ。そして、そのコンセプトにはアートとしての美しさが必要であり、それこそが人の心を動かし、行動を促す。

 カインズでは、自社がこれまで大切にしてきたDIYの思想を繋げ、「DIY HR®」という世界観を創りあげた。このコンセプトと、あらゆる人事機能・施策を繋げていく一気呵成の改革は、急こう配の坂を駆け上る険しさがあり、相応の推進体制が求められる。

 カインズにおいて、これだけの改革を推進し得る体制にまで発展したのは、CHROが掲げた人事戦略ストーリーに「この指とまれ」で“人が集い”、様々な取組みを自分の頭で考え、周囲を巻き込みながら前進させる過程で“人が育つ”からである。(図表4参照)

 加えて、消化不良になりがちな圧倒的な量の施策も「DIY HR®」の世界観に向けた一貫性があるからこそ、受け手側に共鳴と行動の変容を促せるのだ。さらに、このような改革に付き物の様々な困難に遭遇したときにも、常に立ち戻れる拠り所として、皆が共鳴できる「アートとしての美しい世界観」があることの意味は大きい。

 このように「DIY HR®」がこれだけの短期間で改革を推進できている要因として、目指す世界観に自社らしさと価値観を揺さぶる美しさがあり、全ての施策がコンセプトのもとに整合しているが故の納得性があったからに相違ない。アートをトップに据えながら、論理で骨太の全体構造を作って支えたのが、この組織改革の本質だ。

 最後に、東京藝術大学の日比野克彦学長の言葉を引用して本稿を〆たい。「仕事って、自分を表現することだと思っているんです。アーティストや芸術家は、絵や音楽、文章、身体表現などで、直接的に自分を表現しますが、会社に勤める人だって同じだと思います」(Forbes 5月12日配信「藝大学長 日比野克彦から働く人へ - 自分に会社を合わせる努力を」より引用)。

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