日本で15年間の編集者生活を送った後、ベトナムに渡って起業した中安さん。日常的にバイクに乗る中安さんが日々体験するホーチミン市のバイク渋滞。

現地に行ったことがある人ならいちどは経験、そして「なぜ?」と疑問に思う、ベトナムならではの交通事情とは?

 ベトナム・ホーチミン市における交通事情の話の第2回目。今回は、私が実際に遭遇した「トンデモ」体験を中心に紹介したい。

「赤信号は止まれ」ではない

「交通法規ってあるんですか?」

 ホーチミン市内のあまりにも「自由奔放」に走る車やバイクを見て、こういう質問をされる方も多い。もちろんある。とはいえ、日本とはかなり勝手が違う。

 赤信号では止まれ。

これはベトナムでももちろん同じだが、厳密に守られてはいない。直交している通りの交通量が少なければ、赤信号でも堂々と交差点に入っていく。

 以前夜更けに、ダイヤモンドプラザというショッピングセンターの前で、バイクに乗って信号待ちをしていたときに、追突されたことがある。強い衝撃を受けて倒れそうになったバイクを支えながら、後ろを振り返ると、バイクが転倒していた。そして、「どうして、こんなところで停まっている!」と中年の男が、立ち上がりながら怒鳴りつけてきた。

「だって、赤だから……」と信号を指すと、彼は車通りのない交差点を示しながら、「車は走ってないじゃないか!」と言ってバイクを起こすと、まだ赤信号だった交差点を通過していった。
このように、信号の色に関係なく、通過できるようだったら通ってしまう。

 あるベトナム人の友人が、「ベトナムでは、青信号は進め。黄色信号は注意して進め。赤信号は警官がいないのを確認して進めだ」と教えてくれた。

一方通行のはずなのに正面からバイクが!

 それでも信号は、“基本的には”ルールが守られている。それよりも、はるかに多くて困りものなのが「逆走」だ。



 私が、初めてベトナムでバイクを運転したのは、ベトナムに初めて来たとき。しかも入国して6時間も経たないときだ。

 ガイドをしてくれた女子大生・ニーさんのバイクの運転をさせてもらった。前を走るバイクにくっついて走っていると、後ろに乗ったニーさんが、私の肩をトントンと叩き、「あなた、逆走しているんですけど」と言うではないか。

 私は初めてのベトナム、初めてのバイクということで、緊張していて周りがよく見えていなかったのだろう。ベトナムでは車両は右側通行だというのに、日本と同じように、道路の左側を走っていたのだ。
でも、私の前にも後ろにもバイクがいる。

「これは?」と思い、ニーさんに尋ねると、全部、逆走しているバイクだという答が返って来た。

 夜、一方通行の通りをバイクで走っていて、バイクと正面衝突しそうになったことがある。先方は無灯火で、しかも猛スピードで飛ばしていたのだ。私は、考え事をしていたこともあり、相手のバイクに気がつくのが遅れ、お互いに急ブレーキをかけてようやく難を逃れた。

 相手の男は、「ちゃんと前を見て走れ!」と怒っている。
思わず私が「すいません」と謝ると、「この馬鹿者が」と捨て台詞を残して走り去っていった。

 でも、考えてみると、いや考えてみるまでもなく、悪いのは全面的に相手のほうだ。どうして謝ってしまったのか、今思い出しても不覚である。もしあのときに戻れるのなら、「悪いのはお前のほうだ!」と言い返してやるのに、と思う。

道が混んでくると歩道もバイクが疾走する

「歩道を走るバイク」にも気をつけなければならない。道が混んでくると、バイクを歩道に乗り入れ、走ってしまうのだ。

歩道の幅が広くて走りやすいと、かなりの速度を出しているバイクもある。それどころか、乗用車が歩道を走っているのを見たことさえある。

「友だち同士で並走して走るバイク」も要注意だ。バイク同士なので、走りながら隣と話をすることができる。そういうバイクは、左右どころか、前すら見ていない。

 ある日、やはりお喋りしながら並走している2台のバイクを見かけた。かなり接近して並走していて、笑いながら隣を走るバイクの運転手の肩を叩いたりしている。「ちゃんと前を見ているのかな」と、後ろを走りながら心配になった。

 ふと見ると、道の前方にシクロ(自転車タクシー)がゆっくりと走っている。そしてその2台は、まったく速度を落とすことなく、揃ってそのシクロに追突したのである。彼らは、お喋りに夢中になって前を見ていなかったのだ。

 可哀想なのはシクロの運転手だ。2台のバイクに追突された衝撃で、シクロを漕いでいたおじさんは、空中に飛ばされた。交通量の多い一方通行の通りだったので、私はそのまま横を走り過ぎてしまい、その後、どうなったのか見届けることはできなかったのだが、大事に至らなかったことを祈るのみだ。

ベトナムのバイクは家財道具だって運んでしまう働き者

 考えられないような荷物を積んで走るバイクも、驚くことのひとつだ。冷蔵庫や洗濯機程度なら、平気でバイクの後部座席に積んで運んでしまう。

 そんなベトナムの「働くバイク」たちの写真だけで構成されているユニークな写真集がある。『それ行け!! 珍バイク』(グラフィック社)がそれだ。豚の死体、トラックのタイヤ、数百個のポリタンク、大型の鏡など、いろんなものを積んで走るバイクの写真ばかりで構成されている。

 この本を企画・制作したのは、オランダ人写真家のハンス・ケンプ。今は、バンコクに本拠を移した彼だが、1995年から十数年間は、ホーチミン市に住んでいた。

「私がベトナムに住むようになった頃から、町にはバイクが溢れていました。まさかと思うような大型の品物でも、バイクで運んでしまうベトナム人のバイタリティに感心して、そういう情景を少しずつ撮り溜めたのです」とのこと。

 その成果を1冊にまとめ、2002年に、彼自身が経営する出版社から『Bikes of Burden』(荷物を運ぶバイクの意味)というタイトルで発売したところ大反響。ベトナム国内はもちろん、世界各国から注文が相次ぎ、10年以上経った今も版を重ねるロングセラーとなっている。それがグラフィック社の編集者の目にとまり、日本でも発売されることになったのだ。

 この写真集に登場するバイクのほとんどは日本のホンダ製。末尾には「この本をミスターホンダに捧げる」という献辞を添えている。ホンダ社の技術者たちに見てもらったところ、「俺たちの作ったバイクが、こんなに活躍している」と涙を流さんばかりにして喜んでくれたそうだ。

 もちろん、この写真集に登場するバイク達は違法だ。2010年2月11日付のベトナム交通運輸省の通達No.07/2010/TT-BGTVT第18条項目4には、「バイクにメーカーのデザインのサイズを超えて荷物を積むことはできない」とあり、具体的には「バイクの後の荷台の横幅を0.3メートル超えるもの、後ろに0.5メートルを超えるものは不可。荷物の高さは路面から2.0メートル以内。違反した場合、状況によって10万から20万ドンまで(約5000~1万円)の罰金」という規定がある。

 しかし、ページを繰っていると、「これは合法なのか」なんていう疑問より、「ベトナムのバイクってすごいな、健気だな」「この荷物の積み方は芸術的だな」と応援したい気分になってくる。皆さんもベトナムに来られたら、ぜひ「これはすごい!」という珍バイクを探してみて欲しい。

(文・撮影/中安昭人)