もっとも強烈な印象を残したのは、やはり内モンゴル自治区のオルドス。
鄧小平の肝煎りで始まった国家的プロジェクトは、地元出身の温家宝が胡錦涛政権で国務院総理(党序列3位)に就任したことで加速し、総面積2270平方キロという広大な開発区にニューヨーク(東洋のマンハッタン)や東京に匹敵する巨大都市をつくろうとした。その計画はあまりに壮大すぎて現実が追いつかず、現在は開発区全体が鬼城化してしまった。開発主体である天津市の負債は5兆元(約80兆円)ともいわれ、今年4月には経済技術開発区の責任者が自殺した。北京から天津へは高速鉄道で30分。天津から浜海新区へは高架鉄道で40分。北京から日帰りも可能で、もっとも見学が容易な鬼城のひとつ。
東南アジアに近い海南島は「中国のハワイ」ともいわれる一大リゾート。80年代末の日本がリゾート開発に湧いたように、海南島の不動産も90年代から投機の対象になってきた。その象徴が鳳凰島(Phoenix Island)と呼ばれる人工島で、三亜湾を埋め立ててウチワ型の5つの高層ビルと6棟の超高級コンドミニアムを建て、そこに7つ星ホテルやテーマパーク、高級ショッピングセンターを入居させ、マリーナはもちろん豪華客船が停泊できるフェリーターミナルまで併設される予定だった。
私が訪れたのは一昨年で、14年中には鳳凰島の全施設がオープンするという話だったが、7つ星ホテルはいまだ開業しておらず、コンドミニアムの一部が宿泊用に貸し出されているだけだ。数億円で販売された超高級コンドミニアムに1泊8000円程度から泊まれるので、海南島を訪れたついでに記念に宿泊してみるのもいいだろう。北京・上海などから直行便多数。鳳凰島を見学するなら三亜市内のホテルが便利。ただし宿泊者でなければ敷地内には入れない。
河南省の省都、鄭州には日本の建築家、黒川紀章が都市設計を行なった新都心・鄭東地区がある。超高層ホテルを中心にして円形に高層ビルを配置しており、夜は美しくライトアップされる。人口150万を想定した建築郡はほぼ完成しているが、街のランドマークである高層ホテルは市政府の許可が下りないため開業できず、いきなり鬼城化している。鄭州へは北京・上海などから直行便多数。
鬼城ナンバーワンのオルドスを擁する内モンゴル自治区の省都フフホトでも新都心の開発が行なわれている。市内を流れる東河の両岸が開発区になっているが、東岸の高層ビル街に渡ろうとするとなぜか橋が閉鎖されている。市街に近い西岸の開発区が埋まらないため、せっかく建物が完成しても売り出せないのだ。こうして、いきなり映画セットのような町が生まれてしまった。省都がこれでは、地方都市の暴走を止められないのも当然だ。フフホトへは北京などから直行便多数。新都心へは市街からタクシーで10分ほど。
6 合肥安徽省の省都、合肥で2012年にはじめて中国の地方都市の不動産バブルを実感した。その日はあたり一面がもやで霞んでおり、市街から車で20分ほど走ると、どこまでも高層アパートが建ち並ぶ蜃気楼のような光景が現われた。価格は100平米(3LDK)の標準的なタイプで約2000万円(内装費込み)。上海の一等地と比べれば10分の1だが、内陸部の所得水準を考えれば、管理職や店長クラスでも住宅ローンの毎月の支払額は給料の2~3倍になる。
中国の「鬼城化」は省都のような中心都市だけで起きているのではない。きっかけさえあれば、行政の末端も不動産バブルに沸くことを教えてくれたのがフフホト市郊外の清水河県だ。中国の「県」は日本でいうと郡に相当するが、清水河県の面積は佐賀県よりひと回り大きく、そこにわずか14万人しか住んでいない。それでも、レアアースなどの資源開発で県政府にお金が入るとたちまちバブル化してしまう。写真は飛翔国際酒店という大型ホテルだが玄関は閉鎖されている。それ以外にも豪華な県庁舎やサッカー場、ショッピングセンター、高級住宅街など不動産開発の定番はひととおり揃っている。もちろん、その大半が「鬼城」だ。清水河県はフフホトの南約100キロ、タクシーで片道約2時間。
河南省の鬼城として知られる石炭都市。オルドスと同じく、石炭価格の高騰と高速鉄道(新幹線)駅の誘致に成功したことで一気にバブル化した。「幸福之城」と名づけられた開発区にはタクシーが2、3台客待ちしているだけの新幹線駅と、王宮のように豪華な行政機関の建物が目立つくらいで、高層ビルのほとんどは途中で建設が放棄されている。鶴壁市の市街から開発区までは3キロほどしか離れておらず、住民は新幹線駅まで車でいけばいいのだから、もともと新都心は不要だったのだ。鶴壁へは鄭州から高速鉄道で約1時間。駅を降りたらタクシーをチャーターして観光しよう。
9 杭州西湖で知られる杭州に突如として出現したパリのエッフェル塔。実は不動産開発プロジェクト「天都城」のシンボルとして建てられた本物の3分の1のミニチュア。天都城はエッフェル塔を中心にシャンゼリゼを再現するプロジェクトだが、湖に面した別荘(一戸建て)は途中で開発が放棄され、大通りの高級物件は映画のセットのようだが、周辺にある高層アパート群はほぼ埋まっている。このあたりは地下鉄が通じておらず交通の便が悪いため、100平米(3LDK)のマンションで1500万円前後と、高騰する杭州中心部に比べてかなり安い。80年代の千葉や埼玉のように、再開発を期待したひとたちが郊外物件を購入しているのだ。内陸部のどうしようもない「鬼城」とはかなり雰囲気がちがうので、比較してみると面白いだろう。
上海の若者たちのあいだで結婚式用の写真撮影スポットとして大人気なのが松江区のテムズタウン。「中国にロンドンの街並みを再現する」という不動産開発プロジェクトだったが、完成直後からゴーストタウン化し、商業施設からはテナントがほとんど撤退して映画のセットのようになってしまった。開発会社も破綻し、現在は上海市政府の管理下にある。 もっとも松江区自体は発展する上海の再開発エリアで、周辺の高層アパートは次々と売れていく(ただし地価の上昇はほぼ止まった)。テムズタウンが失敗したのは、たんに販売価格が高すぎたからだ。上海市内から地下鉄9号線松江新城站下車、タクシーで5分ほど。
<執筆・ 橘 玲(たちばな あきら)>
作家。「海外投資を楽しむ会」創設メンバーのひとり。2002年、金融小説『マネーロンダリング』(幻冬舎文庫)でデビュー。「新世紀の資本論」と評された『お金持ちになれる黄金の羽根の拾い方』(幻冬舎)が30万部の大ベストセラーに。
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