『週刊ダイヤモンド』1月30日号の第1特集は、「三井、住友を凌駕する『財閥力』 三菱最強伝説」です。売上高の合計が優に50兆円を超える日本最大のコングロマリット、三菱グループ。

凋落説もささやかれる中、それを物ともしない巨大な「三菱経済圏」を築いていました。なぜトップに君臨できるのか。その秘密に迫るため丸の内の“奥の院”を徹底取材しました。知られざる「三菱最強伝説」をお届けします。

 1月8日、東京・丸の内。雲一つない冬晴れの空が広がり、オフィス街は春を感じさせる陽気に包まれていた。

 午前11時45分、皇居前に立つ三菱商事本社ビル。黒塗りの車が続々と到着し、地下の専用駐車場へ滑り込んでいった。その数、約20台。車を誘導する警備員の緊張が伝わってくる。

 各車の後部座席に座るのは日本を代表する超一流企業の首脳たちだ。目的地はビルの21階。

そのフロアの重厚な扉を開けると、優に長さ20メートルはある長大なテーブルが視界に飛び込んでくる。

 1月の第2金曜日に当たるこの日、丸の内を一望できる会議室で、三菱グループ各社のトップが集う金曜会が開かれた。テーブルに座った出席者たちは伊勢エビのシャンパン蒸しを食し、年初恒例のピアノの演奏会を楽しんだ。

「定期的に顔を合わせれば、首脳同士のツーカーの状況が自然と生まれる」。この日の出席者の一人は、そう話す。午後1時半に散会となり、地下駐車場から吐き出された車がそれぞれのオフィスへ戻っていった。

「金曜会は単なる親睦団体ですから何も話すことはありません」

 金曜会に取材を申し込むと、二言目にはこの言葉が返ってくる。その重く厚い扉が外部に開かれることは決してない。

 確かに金曜会の規約を見れば、トップ同士の親睦団体という色合いは強い。

 現在のメンバーは三菱グループ29社の会長、社長ら計48人。会を取りまとめる世話人代表は三菱商事の小島順彦会長が務めている。

 第2金曜日に開かれる例会では、まず出席者がテーブルで昼食を取り、それから議事に入る。

その後、有識者による講演が行われ、計約1時間半で終了するのが通例だ。長老同士で固まらないよう、席順は毎回くじで決める。

 会の目的は「メンバー企業の社会的信用の維持・向上」「三菱の文化財の維持管理」「内外政治、経済、社会問題の研究、調査」「メンバー企業間の親睦」であり、金曜会の公式見解では「メンバー企業の経営に干渉したり、グループとしての政策や経営戦略を討議決定する場ではない」としている。

 しかし、金曜会は本当に単なる親睦団体なのか。

「明らかにうそ。グループ各社の経営を縛るほどの強制力はないが、単に親睦団体というだけでは説明できない側面がある」。こう証言するのは、金曜会の元幹部だ。

 では、その組織体制を細かく見てみよう。

 まず金曜会が三井や住友といった他のグループのそれと決定的に異なるのは、常設の事務局を置く点だ。他のグループは加盟社の持ち回りだが、三菱は十数人の関係スタッフが事務局に常駐する。

 この事務全般を取り仕切るのが、金曜会事務局長。現在の事務局長は、三菱商事の常務執行役員だった伊与部恒雄氏。

三菱商事の中枢で人事部長などを歴任した人物だ。

 金曜会トップである世話人代表の右腕となる事務局長は、小島氏と伊与部氏のように、世話人代表の出身会社から選任されるケースが多い。ちなみに事務局長は、例会で必ず世話人代表の隣に座り、ゴルフコンペや宴会にも参加する。金曜会メンバーの各社トップに匹敵する重要ポストだ。

 最強の“内務官僚”たる事務局長が要となり、事務局の下に幾つかの重要組織が連なる。

 その一つが月曜会だ。毎月第3月曜日、各社の総務担当部長が出席する。金曜会決定事項のフォローや、金曜会の諮問に対する答申などを行う。各社のエリートをそろえた陰の実務部隊だ。

 そして第1金曜日に開かれる三菱社名商標委員会。三菱の商号や商標の使用申請を審議する機関だ。委員会の下部組織には、商標使用についてより実務的な検討を行う三菱商標打ち合わせ会があり、各社の法務、知財、特許関係の部長らが出席する。

これら委員会の運営は、三菱を社名に冠した企業が支払う上納金で賄われている。

 前出の元幹部は「三井、住友に比べて三菱の歴史は浅い。だからこそ、スリーダイヤを傷つけてはいけないという意識が強い。スリーダイヤの死守が金曜会の最大の使命だ」と語る。

 三菱ブランドを守るため、かつては倒産寸前の企業から三菱の名を外したり、休眠会社にしてしまうこともあった。グループ企業に大きな不祥事があれば、時に事務局が広報指導に入る。こうした暗黙のおきてを、同元幹部は「不文律的強制力」と表現する。

 また、金曜会という会議体そのものにも独特のカラクリがある。それは、金曜会が二重構造になっている点だ。

御三家、主要10社
その他の外様16社
金曜会の秘密の裏序列

 実は開催月によっては、正午に始まる金曜会例会の前に世話人会という会合が開かれる。この世話人会こそが金曜会の事実上の最高意思決定機関なのである。

 世話人会に毎回出席するのは、まず三菱重工業、三菱商事、三菱東京UFJ銀行の御三家。

世話人会を国際連合の意思決定機関である安全保障理事会に例えれば、この御三家は安保理常任理事国だ。

 3社に加え、グループの主要企業である三菱地所、三菱電機、三菱UFJ信託銀行、東京海上日動火災保険、明治安田生命保険、日本郵船、三菱マテリアル、三菱化学、旭硝子、キリンホールディングスの10社のうち6社が世話人会に加わる。6社は毎年2社ずつ入れ替わる、いわば非常任理事国である。

 計9社による世話人会で金曜会に諮る重要事項が事前に討議され、その決定が金曜会で覆ることはない。非常任理事国にすら入れない16社のある企業首脳はこうぼやく。

「金曜会に出席しても、世話人会で決まったと説明されると、嫌だなと思っても反対なんてできない。うちは外様ですから。結局、金曜会はいつも全会一致の異議なしで決まる」

 世界を動かす常任理事国に相当する御三家。安保理に加わることを許された10社。そして世話人会の決定に追従するだけの「外様」企業。金曜会にはこうした裏のヒエラルキーが存在するのだ。

 金曜会の全組織は上意下達で動き、全ての情報は事務局を介して金曜会へ上げられる。

「組織の三菱」を体現したかのような指揮系統を見れば、金曜会が単なる親睦団体でないことは一目瞭然だ。

 では、なぜ彼らはお題目のごとく親睦団体を自称するのか。その答えは彼らがたどってきた歴史にある。

 金曜会の前身である社長懇談会の発足は1952年。以降、高度経済成長の波に乗って金曜会は結束力を強めていくが、90年代に入ると、日本型の系列企業は独占禁止法に抵触するとして米国の投資家などから批判を浴びるようになる。金曜会は批判をかわす方便として、93年に規約を改定し親睦団体を名乗るようになったのである。

 しかし、三菱自動車が経営破綻寸前に陥った際、グループの総力を挙げて支援に動いたように、緊急時に強固な結束力を誇るのが金曜会の特徴だ。

 もし今後、金曜会のメンバー企業が経営危機に陥った場合、金曜会はどう動くか。メンバー企業の現役社長の一人は断言する。

「今起こってもやっぱり支援する。親睦団体は建前で、緊急時は別。スリーダイヤを守るためなら、絶対に結束するのが金曜会という組織だ」

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