ソースの味をAIで分析してデータ化することで新商品の開発をサポートする。食品業界としていち早くAIを取り入れたのが「オタフクソース」です。
社内に蓄積されていたレシピデータをもとにして、AIが客観的な味を再現
――商品開発にAIを導入した経緯について教えてください。御社はこれまでどのような課題を抱えていたのでしょうか?実は世の中でAIやDXが注目される以前から、ソースメーカーとしてデジタル化によって新しい取り組みができないか、いろいろと検討していました。そこから社内を見直したところ、会社としてビッグデータを持っているのに商品開発で活用されていないこと、開発がベテラン社員の経験頼りだったこと、官能評価(※)以外の客観的な味の評価軸がなかったことという三つの課題が見えてきました。それを機に味の数値化、データ化に取り組むようになりIHIさんと共同でAIを活用したレシピ検索システムの開発が実現しました。
※ 官能評価:人間の視覚、聴覚、嗅覚、味覚、触覚の五感に頼って評価する方法。
――今回のAIを活用したレシピ検索システムとはどのような仕組みなのでしょうか?
光の波長ごとに吸収度を表した「分光スペクトル」による計測方法で味をデータ化してAIに学習させるものです。今回のAI検索システムには約15,000件のレシピデータが蓄積されています。試作品を開発する際には過去データから近い味を引き出して活用しています。経験のある社員なら望みの味に近い過去データをすぐに引っ張ってくることができますが、社歴の浅い社員だとそうはいきません。トライアンドエラーを繰り返すことで、結果として試作品の開発にも時間がかかってしまっていました。
――AIによる検索システムを導入することで、人力に頼っていた時代と比べてどのくらい業務は効率化されるのでしょうか?
レシピを探索する時間は人にもよりますが30~50分、試作品の開発には10~12時間を要します。AI検索システムを使えば誰でも求める味に近い過去のデータを引き出せるので、試作品の開発時間も大幅に減らせると期待しています。今年の5月から本格的にスタートした取り組みなので、まだ具体的なデータは蓄積されていませんが、1年を迎える来年5月には効果を検証できるようになるでしょう。
より商品の特性が伝わるパッケージデザインをAIで生み出す
――今回の取り組みに対して、食品業界からのリアクションはどのようなものでしたか?私どもの大手のお客さま二社に対してAI検索システムの概要をご説明したところ、いずれも社内に蓄積されている調味料のレシピが有効活用されていないという共通の課題を抱えていたことが判明しました。例えば、私が試作したソースのレシピは私の記憶のなかにインプットされていますが、他の社員と共有されることがない。属人化の問題はどこも共通しているので、そこを改善するきっかけになればと思います。味のデータ化については今後も改善を重ねていきます。味だけでなく匂いのデータ化も高い精度で可能になれば、組み合わせてもっと面白いことができるのではないかと考えています。
――味のデータ化にAIを活用したことで見えてきたAIの課題があれば教えてください。
既存のデータを使って学習をさせても、0から1を生み出すことはできない点です。未だ存在しない未来のモノについては人間が発想する必要があります。現状のデータを元にして最適な解答は導き出せますが、まったく新しいモノを生み出す発想はできません。
――昨年、商品のパッケージデザインにもAIを活用したそうですが、詳細を教えてください。
昨年の秋にリリースした新商品「焼そばソース 大人の辛口」と、リニューアルした「お好みソース 大人の辛口」のパッケージデザインにAIを活用しています。「辛口であることが消費者に伝わること」をテーマにAIがデザインを絞り込み、SNSで投票を行い、その結果も参考にしながらパッケージを決定しました。従来よりも大幅に時間を短縮させることができたので、今後も選択肢の一つとしてデザインの制作にAIを導入する取り組みは続いていくかと思います。
――今後、各社が商品開発にAIを導入するようになると、どのような変化が起こると考えていますか? 食品業界に限らずヒット商品が生まれると各社そこに追随する流れが生まれがちですが、AIの活用で商品が画一化する懸念などはないのでしょうか?
AIは近い味を再現することができますが、現状では味の完全再現はできません。ソースを加熱するときの時間や温度などの詳細は各社それぞれ異なりますし、香辛料の産地やグレードも差があります。メーカーごとの微妙な味の違いは絶対に発生しますので、同じ味の商品が乱立するような流れにはならないと予想します。
今後もAIの精度を高め、商品開発の短縮化を狙う
――今後、AIによる味のデータ化はソース以外の食品でも活用されるようになるのでしょうか?すでに飲料においてはサッポロビールさんがAIを活用した新商品をリリースしていますので、この流れは続くでしょう。ただ、ソースは原材料の数が多く、味の構成が複雑なので、データ化するハードルが高い食品といえます。シンプルな商品であればもっとスピーディにレシピを再現できるようになるのではないでしょうか。
――最初の挑戦として、ソースの味の再現は難易度が高かったということでしょうか?
そうですね。例えば、すし酢のように原材料が酢と砂糖と塩と調味料程度であればシンプルなのですぐに再現は可能です。ソースには香辛料が20種近く含まれているものもあるので、なかなか客観的なデータとしての再現が難しいです。
――AIと人間の理想的な役割分担、共存関係はどのようなものとお考えでしょうか?
先ほどの回答と重なりますが、AIはあくまでも既存の情報から学んで正解を導いてくれる存在です。対して人間に求められるのはAIには出せない付加価値、未来の付加価値を生み出すことです。弊社は60,000件のレシピデータを所持していますが、より高精度な「味の再現」を追求するにはまだまだ足りないと感じています。
――では今回の技術開発における、今後の展望について教えてください。
まず短期の目標として、AIの性能を高めるための学習データを増やします。現状は弊社に貯まった10年分のソースのレシピデータ約15,000件を読み込ませていますが、ソース以外にもタレなどのレシピを学習させて精度を高めていきます。そして、これは弊社のシステムの問題なのですが、検索システムは社内の基幹システムとは独立して設置されているので、いずれは双方をドッキングさせて商品開発の時間短縮を図ります。今と比べてAIの精度が大きく向上した将来には、顧客から要望を受けたセールスがその場でサンプルを提供する、なんてことも可能になるかもしれません。いずれにせよ、AIを活用して商品開発の短縮化を図るという方向に変わりはありません。
吉田 充史
オタフクソース株式会社 取締役 研究室室長1989年入社。製造、品質保証、商品開発など多岐にわたり「ものづくり」の業務を経験。