100年に一度の大変革期を迎えていると言われる自動車業界。Connected(コネクティッド)、Autonomous/Automated(自動化)、Shared(シェアリング)、Electric(電動化)といった「CASE」と呼ばれる新しい領域で技術革新が起こり、テスラなどのベンチャー企業の台頭も著しい領域です。

そんな自動車業界において、長らく変化が起きてこなかったのが車の「売り方」。その「売り方」を変えるというミッションで、トヨタ自動車豊田章男社長の命を受けて立ち上げられたのが、愛車のサブスクリプションサービスKINTOです。KINTOは自動車業界に一体どんな変化をもたらし、どんな世界を目指すのか。株式会社KINTO 代表取締役社長 小寺信也氏をゲストに迎え、立教大学ビジネススクール田中道昭教授がお話を伺います。

後編は、話題となった衝撃的なCMプロモーションの背景や、事業を最速で立ち上げに導いた鍵、そして今後のKINTOが描くモビリティ市場、モビリティ体験の未来まで幅広くお話を伺います。

*本稿は対談の要旨であり、実際の対談内容は動画をご覧ください。

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「まだクルマ買ってるの?」関係者を通さず独断で決めた衝撃CMの背景と、GAFAへの危機感

田中:皆さまにKINTOのサービス内容や今の利用状況を把握していただいた上で、より原点的な質問をさせていただきます。準備期間は相当大変だったと思うのですが、苦心されたのはどんなところでしょうか?

小寺:一番重視したのは早く立ち上げることでした。我々の業態は、トヨタの販売店から車を買い、お客様に借りていただくのですが、これは我々でなくても誰でもできることです。もしここにAmazonやアリババが入ってきたら、先にプラットフォームを取られるのではないかと、漠然とした怖さがありました。

田中:さすがですね。そんな危機感を抱かれていたのですね。

小寺:ありました。
これはどう考えても誰でもできます。当時から車のバリューチェーンはどこの業界からも狙われていましたので、早くこの領域は守りたいと思っていました。なおかつトヨタの販売店のネットワークは強固ですので、そことパートナーを組んだ格好で先にプラットフォームを作ってしまえば、あとからEコマース系が来ても負けないぞという感覚がありました。逆に言うと、とにかく早く一番に立ち上げたい、という思いが強くありました。

田中:スピードという観点でお伺いすると、起案から1年ほどで立ち上げられましたよね。これはトヨタ自動車の中のプロジェクト、事業としては、もう最短級の最短という感じですよね?

小寺:ちょっと考えられない早さですね。


田中:考えられないですよね。なおかつ、マイナーな事業ではなく、グループ全体に影響を与えかねない、売り方扱い方が変わるという話ですからね。相当危機感が高かったことが分かりました。それにしても一年で立ち上げることができた、その秘訣はどこにあるのでしょうか?

小寺:トヨタ自動車からトヨタファイナンシャルサービスに行ったのは、ファイナンスがビジネスのベースになるからと先ほど申し上げましたが、実はもう一つ理由があります。トヨタのような大組織の中で新しいことをやろうとすると、方々から叩かれて前に進めない。なので外に行って勝手にやれと。
分かりやすく言うとそういうノリだったのです。

田中:そもそも最初のテレビCMが衝撃的でした。

小寺:「まだクルマ買ってるの?」ですからね。

田中:買うことを全否定するような、あの言葉がよく中で通ったなと思いました。

小寺:中では通らないです。トヨタ自動車の中でやると、もう本当に色々な不安要素だらけで前に進めません。
ですから、トヨタ自動車との関係を断ち切って、もう全部自分の責任でやります、と。

田中:あのテレビCMは、全てKINTOの代表取締役社長小寺社長の権限で、進めたということですか?

小寺:はい、あれはトヨタ自動車に見せずに出しました。

田中:いや、すごい勇気ですね。

小寺:出してから随分怒られましたけどね。

田中:やはり怒られましたか。

小寺:いろいろなところから苦情が入りましたね。


田中:私もストラテジーやマーケティングが専門ですが、今その話をお伺いするまで、あのCMは中で喧々諤々議論した上で、新規事業なのでやろうと決まったのだと思っていました。あれはもう、経営者としての勇気だったわけですね。

小寺:はい、ですからあれ以降、割とトヨタ自動車から冷ややかに見られるようになりましたね。今までは何をやってるかよくわからない組織でしたが、なんだか放っておくと変なことをするということで、結構監視の目が強くなりました。ただ、「知らないよ、そんなこと」と言って、ずっとやり続けていますが。

田中:ただ、トヨタ自動車の豊田社長は元々、様々な自動車会社に先行して、「100年に一度の変革期」とか「生きるか死ぬか」という、ものすごい高い危機感を持っていらっしゃいました。まさしくGAFAのような企業がモビリティ産業に入ってきてゲームが変わることをいち早く察知されていた方なので。おそらく豊田社長は苦笑いかもしれないですが、ああいう打ち出し方、自らを破壊するということを、心の中では評価されていらっしゃるのではないでしょうか?

小寺:最後の最後は、豊田社長は味方に違いないと思っていたので、できたのです。

田中:それはそうですよね。

小寺:そこがなければできないですよ。考案者の話もそうですが、トヨタ自動車から外に出て、最初20名位からスタートした会社ですので、やはりノウハウがないのです。ですから、先ほどの保険の話もそうですが、保険会社さんに手伝ってもらい、それから住友商事経由で住友三井オートサービスにリースのプロを呼んでもらい、さらにいろんな広告代理店から人を送ってもらい、助けてもらって混合軍で立ち上げました。

今は色々変わってきましたが、トヨタ自動車は基本自前主義の会社でした。ですから、こういう展開はあんまり想定していないはずですが、それも外だからできたんです。

田中:いや、これはものすごい話ですね。Amazonでも、ご存知の通り元々Amazonは世界一の書店でしたが、どこかのタイミングでKindleの電子書籍を始めようとした時に、この場合むしろKindleの責任者が幸いだったのは、ジェフ・ベゾスの方から「とにかくもうECを破壊するつもりでやれ」と、要するに本業を破壊せよということで立ち上げを任されて。でも実際は破壊されずに、両方存続したというわけです。

小寺社長の場合は、本当に豊田社長との信頼関係があったからでしょうが、命を受けて破壊せよと言われたわけではないけれども、きっと経営者の本質はこうだろうと、勇気を振り絞ってやられたと。でもこれだけの事業をやるためには、自らの事業を良い意味で破壊するようなつもりでないとできないですよね。

小寺:逆の言い方をすると、トヨタ自動車の中で新しいことができない理由はたくさんあったのです。それを全部潰しこんでいけばきっとできるに違いないと思い、逆張りをしました。

田中:利用する側からすると、特に若い人の視点で見た時に、「買っているんですか?こういう方法もありますよ」というのは非常にインパクトがあるCMだったと思いますし、あのCMがあったからこそ、これだけの速さで立ち上がったというのもありますよね。

小寺:ただまあ残念なことに、まだ未熟でボリュームは小さいですね。若い人を中心に一定層の支持は得ていますが、まだトヨタのビジネスのマジョリティの中には入りこめていません。まだまだこれから長い戦いが続くのでしょうね。
「大企業で新規事業は生まれない!?」。トヨタ史上類を見ないス...の画像はこちら >>

「車をもっと手軽に手に入れる」に苦心した2年間。今後はサブスクリプションの本質、買った後の楽しさに注力

田中:そういう意味では、本体のボリュームが圧倒的に大きいので、その中で事業を伸ばしていくにはすごくご苦労があると思います。今後ボリュームを増やしていく中で一番のハードル、課題はどこにあると思われますか?

小寺:これは時間がかかると思いますが、一番大きな課題は、やはりお客様の意識を変えていくことです。ほとんどの方が車は買うものだと思っていると思います。そうではなく、こういう車の持ち方もあるんですよ、というのを我々が伝えていくことが重要です。

多分、KINTOの名前は知っているけど、何をやってる会社かよくわからないという方がほとんどです。ですから、こういうサービスを提供しているということを、どうやったら上手く伝えられるかが、まず一番大きな課題ですね。

例えば対面で、10分から15分ぐらいKINTOのサービスを説明すると、「なかなかいいじゃないか」と言っていただけることは多いです。ですがTVコマーシャルではそんな時間は取れませんので。

田中:やっぱり10分15分はかかりますか?

小寺:ええ、かかると思います。最初の頃は30分と言われていました。まったく世の中になかった時は、例えば販売店の店頭で我々も商談に一緒に参加させてもらうと、お客様が理解されるのに30分ぐらいかかります。ただ、最初受け身で話を聞いていたお客様が、途中から身を乗り出して話を聞き始めてくれる。お客様の反応が変わるタイミングが10分から15分だと思っています。

田中:なるほど。まずはそのプロモーションが非常に重要ということですね。

小寺:加えて、商品の魅力が本当にあるかどうかです。まだまだ私たちは未熟だと思っています。ですから、これをどういう風に魅力的に見せるか、魅力的なものに作り込むかが同じように重要な課題だと思っています。

田中:商品の魅力というところでお伺いすると、やはり利用する側からすると実質的な安さなどコスト面が大きいと思うのですが、その辺の魅力はどういうところにあるでしょうか?

小寺:全部込みでお買い得ですよ、と打ち出しました。最初は3年契約で、3年経ったら車を返却してくださいというサービス設計でしたが、そうするとどうしても月々の支払額が高くなってしまいます。それだけでは通用しないと分かったので、今度は5年契約、7年契約を追加しました。それからボーナス払いもできるようにして、この先、もう少し支払い方法のバリエーションを広げられないかと今考えています。

田中:「のりかえGO」というサービスもありますよね。「のりかえGO」についてご説明頂いてもよろしいですか?

小寺:「のりかえGO」というのは、契約期間中であっても次の契約に乗り換えることができる仕組みです。普通のリースでは中途解約を想定していませんが、我々のサブスクリプションは、キャンセル手数料を払うと途中で契約を終了して頂くことができます。これを次の契約に乗り換えるなら、解約金を減額してお安くするサービスです。

例えば今、現行型のプリウスに乗っていて3年乗ろうと思ったら途中でモデルチェンジしてしまった。でも新しいのが欲しいと思ったら、スムーズに乗り換えることが出来るようになります。

また、3年契約に加えて5年、7年の契約を作ったのですが、今、7年間同じ車に乗り続けるかどうかはわかりません。途中で気が変わったらこちらに乗り換えて下さいという意味を込めて、「のりかえGO」というサービスをパッケージで提案したのです。

田中:そうすると、いつも新しい車に乗りたい人からすると、「のりかえGO」のようなサービスはありがたく、KINTOならではですよね。

小寺:我々自身のことを振り返ってみても、7年の間には生活が色々変わっていくと思うのです。お子様ができる方もいるだろうし、あるいは逆に子離れする方も、仕事が変わって引っ越す方もいる。何が起きるか分からない7年間を一台の車にコミットしてくださいということに少し無理があるのではないか、というのが原点ですね。

田中:まずは商品の魅力ということですが、前編でもお話ししたように、やはりサブスクリプションの本質は支払い方法や経済合理性以上に、私は価値観だと思っています。そういう意味では、やはりKINTOがいかに従来以上に、一人一人の乗られている消費者の方とフラットな関係性を結べるのかが、よりサブスクでは重要だと思っています。この点においてはどういう努力をされていらっしゃるのでしょうか?

小寺:立ち上がりから約2年間徹底的にやってきたのが、車をもっと気軽に手に入れて欲しいということです。頭金がいらない、全部のコストが込みになっていて突然の出費がないなど、要するにやってきたのはストレスフリーの方法なんです。販売店に行って値引き交渉をすることもない。商談も簡単という部分で、車を購入する際のストレスを一度全部取っ払い、簡単にワンクリックで車を買えるようにする、ということをやってきました。

それなりの商品は出来たと思っていますが、契約者のカスタマーエクスペリエンスに何が残るか?というと、月々の支払いしか残らないんです。もともと想定はしていましたが、買っていただいた後の楽しさに全然手がついていませんでした。そろそろここも充実させるべきだと考え、車の楽しさ側を作り込んで、これをお客様に提供し始めます。これが4月から始まる「モビリティマーケット」という取り組みです。入り口にすっと入ってこれて、入ってきたら楽しんでいただき、出る時も気持ちよく出ていただける、こんなサービスです。

田中:サブスクの提供の側からすると、自然に顧客との関係性を深めていこうとか、使っていただいている間こそ色々なことを提供しようとか楽しんでいこうとか、事前にそういう風に考えるようになるのでしょうね。

そういう意味では、NewsPicksの「モビエボ」という番組が、この収録当日も配信日なのですが、まさにこのKINTOのスタジオから配信されていて、私も出演させて頂いています。そして、トヨタさんは「モビエボ」に出てくるほとんどのスタートアップ企業に出資されています。そのスタートアップ企業ともすごく融合性が高いですし、先程お話をしたように「モビリティマーケット」の中に登場する会社も多いです。ただ単に車を売るというよりは、サブスクのビジネスモデルの方がすごく融合性が高いですよね。

小寺:「モビリティマーケット」に入っていただいている企業は、結構小ぶりな会社が多いのですね。

田中:そうですね。

小寺:ああいうサービスをKINTOなりトヨタがやれるかと言うと絶対に出来ないんですよ、小回りが効かないので。自前でやるよりもああいう人たちの協力を得て、中に入ってきてもらおうとしています。逆に、彼らもトヨタ自動車とのビジネスはなかなかハードルが高いですが、KINTOの「モビリティマーケット」だったら大丈夫でしょと入ってもらっています。だからお互いにいい関係が築き上げられていると思います。

KINTOの事業構築で重視したのは、「即断即決の徹底」と「軸をぶらさないこと」

田中:なるほど。ここでもう一度小寺社長のセルフリーダーシップをテーマに私が伺いたいのは、やはり今日のここまでのやり取りの中で一番衝撃的だったのが、あのすごいテレビCMを、KINTOの社長として勇気をもって責任を取られてやられたというところです。元々トヨタの本体の常務やEVPをされて移られてきたという状況の中で、相当批判も覚悟でやられたと思うのですが、その情熱や勇気の原点はどこにあるのでしょうか?

小寺:いやいや、そんなに勇気があるわけではないのです。でもKINTOは、今でも小さいですが、当時はさらに小さくて、何をやっても多分世の中の目にはつかない。だから大丈夫という思いはありました。これがスケールして世の中に認められて、トヨタの中で重要な役割を果たすような存在になったら無茶はできないはずですが。なので、別にそれほどすごいことをやったとは思っていません。トヨタ時代に短期のプロジェクトが多かったので、短期プロジェクトの勘所のようなものはあります。私自身はトヨタ自動車にすごく育ててもらったという思いがあるのですね。ですからトヨタの中にいた時に身につけたものを今、全部使ってビジネスをしています。これが正直な感想ですね。

田中:そうですか。そういう意味ではKINTOでお使いになられている、まさに觔斗雲(きんとうん)のような魔法なのかもしれませんが、そのトヨタの短期の重要プロジェクトで学んだ秘訣で、今導入しているのは、どういうところでしょうか?

小寺:即断即決です。それから、やりたいことをきちんと仲間に提示して、軸をぶらさない。軸に合っている限り、多少自分のやりたいことと違っていても、やってみて駄目なら修正するという意味で、即断即決して前に進めていく。こういうことだと思います。それほど難しいことをやっているわけではありません。

田中:大企業の中では難しいことですよね。

小寺:それをどこまで徹底できるか。それから変な話、外部から色々なものが飛んでくるのですが、それに対してくじけないことですよね。

田中:じゃあそのくじけないというのは、たくさんのプロジェクトをやりながら、小寺さんが積み重ねて、身につけたものなのでしょうか。

小寺:はい。ただ、長いこといた会社ですから、もちろん人脈もありますし、昔の人間関係もしっかりあるので、そんな変なことにはならないですね。

田中:実際は色々な信頼関係があってこその打ち手だったということですね。
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田中:小寺社長が使われていた「第二フェーズ」という表現、KINTOは今、第二フェーズに入っているということでしょうか?このフェーズにおける大きなミッション、課題、タスクなどを教えて頂けますか?

小寺:直近で言えば、「モビリティマーケット」のサービスによって車の楽しさを味わって頂くことを始めます。4月からスタートしますが、まだまだサービスボリュームは小さいのでバリエーションも、これから育てていきたいと思います。それからサブスクリプションでは、早く中古車も選べるようにしたいと考えています。

田中:中古車ですか。

小寺:先ほども申し上げた通り、若い人の反応が良いので、中古車の需要はかなりあると思っていて、ここに参入していきたいです。また、様々な使い方をされるお客様に合わせ、支払いパターンを増やそうと考えています。

例えば車のカーシェアは、あれは不特定多数の人とのシェアのためか、このコロナ禍では少し不調になっています。

田中:そうですよね。このコロナ禍では、シェアリングはそうなりますよね。

小寺:だったら仲間内でカーシェアをしたらどうですかと。例えば兄弟、あるいはご近所様や仲間内でなど、そういったプログラムを作りたいと思っています。

田中:面白いですね。

小寺:クローズドカーシェアですかね。

田中:そうですか。あとは支払い方法の多様化には、どんなことを考えられていらっしゃいますか?

小寺:これもどうやって実現するかが難しいのですが、今はまだ、お買い得商品というものを設定できていません。これを何とかできないかなと思っています。例えば、アウトレット商品のようなものができるといいなと。

田中:まさに車の愛し方が拡張される、ということですね。その中でも、中古車にもサービスを広げていくということは、さらに利用者も拡張されていきそうですね。

小寺:やはり車の値段が高くなっているので。この10年間で、車の価格は3割上がったと言われているんですね。

田中:そんなに上がっているんですか。

小寺:ええ。どんどん手が届かないところにいくので、それに合わせて車の新車での保有期間も6年強から10年ほどまで伸びているんです。この流れはどんどん進んでいく。だからこそサブスクリプションにして、月額料金をグッと安くして、もっと車と付き合いやすくしたいと考えています。

田中:なるほど。先ほどの利用状況のところに一旦戻らせていただくと、そもそもWebで申し込んだ人が6割位で、買っている人と比べると圧倒的に20代30代が多い。なおかつ初めて買う人が非常に多いとのことです。これはプロファイリングしてみると、どのような人たちなのでしょうか?

例えば、多分学生さんの中にも、とりあえず免許を取っておくという人は多いと思いますが、そういう人たちがせっかく免許を持っているのだから、車のサブスクがあるならば買おうと思うのか、それともやはり元々買おうと思っていた人達が、サブスクを利用するのか、どういう人たちの利用が多いのでしょうか?

小寺:元々買おうと思っていた方々は、ローンで買うか、現金で買うか、それともKINTOにするかが選択肢の中に入ってきています。今、車をお持ちでないお客様にとってはKINTOの優位性が任意保険のところで出てくるので、かなりのメインターゲットです。なおかつ、今まで車を買った経験がないので、Webで調べにくる時にKINTOと出会う可能性もあります。まだ免許を持っていない方にアプローチするのはさすがに難しいので、そういう意味でいうとWeb経由で狙っているのは、免許を持っているけれど車を持っていない方です。

一方で「モビリティマーケット」側を見ると、例えば免許を10年前に取ってペーパードライバーというお客様は結構いらっしゃいます。その方々用にペーパードライバー教習をこちらで用意し、ペーパードライバー教習のサブスクリションサービスをやっています。

田中:すごいですね。

小寺:実際に先生に自宅に行ってもらい、車庫入れや、実際の通勤路をどう運転するか教えてもらえる、こういうサービスをやっています。

田中:まさに至れり尽くせりですね。顧客のニーズから本当にカスタマーエクスペリエンスを深く考えて、エクスペリエンスデザインから入っているという感じですね。

小寺:一方で逆に事業側から見ると、車は我々のアセットなんですね。だからできるだけ大切に乗っていただきたい。ぶつけないでほしい。ですからそういうサービスでお客様の運転が上手になって、車が綺麗に返ってくる。こういうことまで想定しています。

田中:なるほど。一石二鳥ですね。ここまで第二フェーズという話をお伺いしましたが、その上でKINTOの未来と、モビリティの未来の両方をお伺いしたいと思います。まず、あえて先にモビリティの未来について伺わせてください。トヨタ自動車はまさにモビリティカンパニーに変身を遂げ、Woven City*も2月23日に着工しています。トヨタ自動車に限らず、5年10年単位で考えると、どんなモビリティの未来になり、その中でKINTOはどういう存在でありたいのか。その辺りを教えていただけますか?

*Woven City:トヨタが手掛けるあらゆるモノやサービスがつながる未来の実証都市

小寺:モビリティの未来は、なかなか読めないところがあります。おそらく今、様々な事業者、様々な方々がモビリティを手掛けていますが、見通しができなくて勝ち筋が見えていません。また、これからはおそらく、サービスが多様化していくと思います。車だけではなく電動スクーターや自転車、あるいはバスの相乗りだとか、色々なモビリティトランスポートのツールが出てきて、それが枝分かれしていく。

その中に様々な技術開発が伴って、自動運転や、トヨタで言えばe-Paletteのようなサービスであったり、あるいは電動車椅子のようなものだったり。これらがどういう風に組み合わさっていくかがまだ分からず、今のところ幅広く想定してるということだと思います。

いずれの場合も最初に申し上げた通り、アセットホルダーは我々なので、借りていただく相手が一般のお客様なのか、それともカーシェアの事業者なのかはわかりませんが、誰かに借りていただくことになる。ですからそういう車をトヨタ自動車が仕立て、それを我々がお貸しをしていく。この構図だけは崩れないと思います。

田中:そうすると、昔も今も5年後10年後も、KINTOとして重要なことはどういうことになるのでしょうか ?

小寺:お客様に車をご購入頂いてから、この車が最後スクラップされてリサイクルされるまで、ずっと付加価値を提供し続けることができるかどうか。これが本質だと思います。

田中:なるほど。今日は本当に色々なお話をお伺いしてきて、途中のテレビCMの話が一番衝撃を受け、非常に感動しました。本当に勇気を頂いた気がします。

最後に、このデジタルシフトタイムズの読者はどちらかというと経営者層やシニア層が多く、そういう意味ではレクサスの顧客層になるのかもしれないですが、是非ご覧頂いている読者の方にメッセージを頂ければと思います。

小寺:KINTOの立ち上げからずっと頭の片隅にあったのは、常々スタートアップの方々から言われていた「こういう新しいビジネスを立ち上げるのは大企業の中ではできないでしょ?」という言葉です。それが私は悔しくて悔しくて。そんなことはないはずだと。大企業であっても同じようなやり方をすればできるはずだと思って、スタートアップ的に会社を運営してここまでやってきました。

そういう意味では、大企業だってやればできる、と少しだけ認めてほしいということと、 それから大企業で同じようなことをされている方にも頑張って欲しいと思います。こういうことが、自動車業界で言えば色々な革新に繋がっていきますし、日本全体も物事がどんどん前に進んでいく流れになるような気がしています。

だからどうってことはないのですが(笑)。そういうことも含めてKINTOの事業そのものをずっと応援して欲しいですし、商品やサービスについてどんどんフィードバックいただければ、我々はそれを取り込んでもっといい商品を提供し続けるという、そんな存在であり続けたいなと思います。

田中:なるほど。そういう意味では途中でもお話を伺いしましたが、トヨタ自動車のような、まさに規模的もインパクトも日本一の会社でありながら、一年でここまで立ち上げられて、さらに伸ばされているというのは、まさに本当にスタートアップのカルチャーに刷新されたのでしょうね。最後の質問のつもりでしたがもう一つだけお伺いしたいのは、おそらく企業DNAにも小寺さんの哲学が込められているのではないかと思います。

最後にもう一度、重ねて恐縮ですが、その秘訣を皆さんにシェアしていただければと思います。

小寺:スタートアップ的になぜできないか?というと、大企業が全部そうとは言いませんが、トヨタの中に入ると何を手掛けるときも同じようにネガティブチェックが入るのです。失敗してはいけない。だからすごく慎重にならざるを得ないのです。ただ、私がずっと思っていたのは、新しいことに対する慎重さはリスクの大きさに比例するべきだと思っているのです。我々のやってきたことは本当に小さなことですので、大したリスクではないのですよね。KINTOが大失敗をして使いものにならなければ、2年3年でたたんでやめれば誰も傷つかないわけです。なのであまり慎重にはならずに、どんどん新しいことにトライをして、エラーをして、手直しをして、 またトライをする。それが、ともすると元々大きなことをやろうとしているという思いで、チェックばかり入れ始めることになるわけです。そこの発想さえ切り替えてしまえばスタートアップ的にいろんなことができるはず、と思っています。

田中:なるほど。さすがやはりトヨタファイナンシャルサービスでファイナンスの原点、リスクリターンをとらえ、ある意味一直線ですもんね。

小寺:いや、そうだと思うんですよね。

田中:なるほど。小寺社長、今日は本当にいろんなお話をお伺いさせて頂いて、私自身も色々と勉強になりました。今日はKINTOのスタジオまでお借りをして、なおかつお忙しい中お時間を頂きまして、本当にありがとうございました。

小寺:いえ、こちらこそどうもありがとうございました。

田中:また引き続き宜しくお願い致します。
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