例えばバンドのワンマンライブで、最後の曲が歌い終わる。ボーカルが観客に向かって、「最高の夜をありがとう」的なことを言う。
メンバーみんなでおじぎをし、大拍手の中はけていく。

静かになったあと、観客はそろそろかなという空気を感じて、アンコールの拍手を起こす。数分後、再び現れるメンバーたちは、アンコール用に用意されてただろう曲を歌う。ツアーならライブTシャツか何か着て。

……という、ライブでよくある流れ。アンコールは必ず起こるものとして、観客は心の準備を、アーティストや運営側は物理的な準備をしている。
観客は滞りなくライブが進行するよう、よきところでアンコールを起こす。

でも万が一ということが考えられる。観客の行動次第では、運営側は準備してるのにアンコールが起こらないという、まさかの状況が。
そんなとき、運営側はどうするんだろう。大小さまざまなライブの運営に携わってきた音楽プロダクションの方に、話を伺った。
「そういったことはなかなかないですが、客席の照明を落としたまま、空気を読んでくれるのを待つくらいでしょうかね。
特に小さいライブなら、来ているお客さんも知り合いが多いので、とても気を遣ってくれます。どちらにしてもお客さん任せですが……」

もし、それでもアンコールが起こらなかったら?
「たぶんないですが……だとしたら、空気を読んで客席の照明を明るくします(笑) そこまでアンコールが起こらないライブは、アンコールが当然という習慣がある中では、失敗かもしれませんね。おかしな習慣ではありますが」

辞書「新音楽辞典 楽語」「外来語の語源」によると、アンコールは17世紀のイタリア・オペラで名歌手の台頭とともに生まれ、だんだんと一般声楽・器楽でも行われるようになったという。日本では一般的に、大正オペラのころ広まったとされる。フランス人振付師が、舞台稽古のときに「encore une fois(もう一度)」<encore=アンコール>と号令しているのを聞いた観客が、演者に再演の意味で「アンコール」と言ったのが一般化したんだとか。
アンコールが生まれたのは、どちらかというと空気を読まない観客のおかげかもしれない。


最後に。逆にアンコールを起こしてほしくないというときは、どうするんだろうか?
「そういうライブは少ないですが、例えばアーティストの意向でアンコールがない場合は、公演前にアンコールを受け付けないと告知することがあります。あと何らかの理由で会場を使えるギリギリの時間になりそうな場合は、サッと照明を明るくして、終わりですよという合図を送ります。これもお客さん任せですが」

アンコールという、アーティストと観客の共同演出。
この成功は、観客が空気を読むことにかかってるみたいです。
(イチカワ)