たとえば、アメリカの国歌などはノリも良く歌いやすいのに、「君が代」はなぜ難しいのか。
『裏声のエロス』(集英社新書)著者で、音痴矯正を手がけるBCA教育研究所主宰者の高牧康さんは言う。
「まず音域の広さと、伴奏のキーの問題があります。国旗及び国歌に関する法律(平成十一年八月十三日法律第百二十七号)には楽譜が付されていることから、このキーで歌わなければならない、と決められているようです。出回っているCDや伴奏の楽譜も、すべてこのキーで、特に教科書は法律に基づいて作られていますから、学年別にキーを変えた楽譜を載せるなんてことはできません。ところが、最高音・レというのは決して楽に出せる音ではありません。 声変わりしたばかりの中学生、高校生にとっては出しにくい高い音なのです。だからといって、1オクターブ下で歌うと、今度は最初が低すぎて出せません」
確かに、自分自身、「こけの~」というところで苦戦した記憶はある。
「プロ野球などの開会式に君が代をアカペラで歌うゲスト歌手が多いのも、これらの理由によるものです。自分のキーでなら、歌えるからです」
「音域の広さ」でいえば、アメリカの国歌のほうが広い気がするけど……。リズム感、ノリの良さから歌いやすいということ?
「それもあると思いますが、そもそも日本の『君が代』のルーツが、アメリカを代表とした多くの国歌のルーツと異なることが大きな理由としてあります」
「小學唱歌集 初編」(明治14年発行)には、愛国心を鼓舞するための「国楽」として『君が代』が登場している。これは西洋音楽を日本人に合いやすいように作り直し、西洋人に劣らないように音楽的に教育するための「国策」だったのだそうだ。
「これは今の『君が代』とは全く違う曲で、音域が狭く、西洋音楽の形式で書かれたものでした。
一方、アメリカの国歌のルーツは……。
「アメリカではお酒の席で歌われていたものを軍人が歌い、軍隊で歌われるようになり、みんなが歌うからということで『国歌』に制定されたんです」
つまり、もともと「愛唱歌」だったものを「国歌」にしたわけで、日本でいえば、『世界に一つだけの花』を国歌にした……みたいなことになるのだろうか。
「実は音域も広く、音楽的に歌いにくいのはアメリカの国歌のほうなんです。それでも、リズムの形式が楽しげで、お酒の席で歌われていた愛唱歌だったものと、日本のように『国策』として作られたものとではルーツが違います。『君が代』ももともと音域を狭く作ったり、ヨナヌキの日本独特の音階にしたり、歌いやすくする工夫はしてきましたが、お酒の席で歌われてきた歌には、親しみやすさではどうしても負けてしまいますよね?」
せめて『君が代』も決められたキーでなく、適宜、調を変えて伴奏して良いとすれば、もっと歌いやすくなるのかも?
(田幸和歌子)