「ジャンプ」や「マガジン」などの少年誌の一番最後のページに、ギッチギチに謎の商品を敷き詰めた通販ページを見た事ある人は多いと思う。スパイカメラ、モンスター変装マスク、小型トランシーバー…怪しさとワクワクが同居したような魅力に満ちたこのページを作っていたPONY(ポニー)という会社の社長の自伝が出た。
荒井悦男氏の自伝だ。

PONYは創業40周年。社長の荒井氏は創業者にして現社長だ。スパイグッズ、タイガーマスク、ルービックキューブ、たまごっち、ワンピース…その時代時代で子どもたちが夢中になれる物を次から次に発掘しては、独特なカタログにして売り出してゆく。僕もかつて広告を見て、「なぜデパートでも手に入らない物ばかりこんなに売ってるんだろう?」と不思議に思っていた。

荒井氏は歌手を志していたが、その音楽で結ばれた結婚相手との生活のため、おもちゃの世界で働く事になる。下請け作業から始まり、工場を持つが、アメリカ経済の影響で倒産し、負債を抱えてしまう。東京オリンピックの時代、おもちゃで言えばフラフープやウルトラマンの時代の話が続くのだが、丁寧に仕事の成り行きやその時の気持ちが書かれている。多くの人にとっては当時を知らない「昔話」だが、日本のブリキおもちゃがアメリカ人気で大忙しだった状況や、資金繰りに困った時に頼った占い師の言葉などが詳細に書かれており、彼の考え方やその時々の選択が自然と理解でき、学ぶ所も多い。

PONY創業の頃は通販はまだまだメジャーではなく、苦労もかなり多かったようだ。だが荒井氏はそれでも果敢に新しい仕事を開拓していきや、数々のヒット玩具が生みだしてゆく。また、彼は通販を単なる「便利な買い物」とは捉えていない。
夢を売る仕事と考え、少年たちがカタログを見てワクワクし、それが届くまでの物語を製造しているんだというような考え方だ。

荒井氏は当時少年だった人から「社長、当時スパイカメラを買ったけど、うまく写らなかったですよ」と言われ、怒られるんじゃないかとヒヤヒヤするが、彼らは決まって「楽しかった」と言うそうだ。彼が商品を売っているようで、実際には物語を売ってきた証拠というわけ。

PONYはパイロットショップとして実際の店舗も作っており、そこには雑誌を見て遠方からでも少年たちが来て、雑誌で見た商品を見つけて喜んだという。中には慣れない東京で道が解らなくなってしまう子もおり、そのたび社長は「今来た道を戻って電車に乗って、東京駅で何番線に乗るんだよ」と教えてあげた。

商売というのは不思議なもので、売るだけ買うだけが商売ではない。商品が実用品から離れるほど、広告やキャンペーンと商品が組み合わさった物を僕らは消費する。荒井社長はそれをよく理解していたのだろう。成功後、彼は夢だった歌の道にも進む。夫婦で演歌歌手としてもデビューするのだ。そのへんの話も自伝らしく、素直な書き方が味わい深い。

この本は戦後から現代を生き抜いてきた社長からの、ビジネスのヒント集としても良いコミュニケーションを提供してくれるし、単純に人生の見本としても面白い。
当時の広告資料や、なつかしグッズの舞台裏みたいな部分を期待して読んでいたら、終わりには社長のファンになっていた自分に気付いた。(香山哲)
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