音楽には様々なジャンルがある。クラシック、ロック、ポップス、ジャズ、ブルース、レゲエ、テクノ……。
このうちのポップス、より正確には「ポピュラーミュージック」という音楽ジャンルは、日本では一般に「歌謡曲」と呼ばれている。

さらに厳密なことを言うと、「歌謡曲」は音楽ジャンルのひとつではなくて、あらゆるジャンルの音楽を自由自在に取り込むことで成立している日本独自の音楽のあり方、ということになるのだが、まあ、そういうことを言い出すと話がややこしくなるので、とりあえずは日本の大衆音楽=歌謡曲、ぐらいに考えておいてほしい。

本書では、そんな歌謡曲がいつ生まれて、どのように作られ、どのように歌われてきたのかを、克明に解き明かしている。

歌謡曲を研究した本はこれまでにも数多く刊行されてきたが、「唄は世につれ、世は唄につれ」という言葉があるように、これまでのものは、時代を反映する鏡としての歌謡曲、という視点で語られることが多かった。
けれど、それは歌謡曲のもつ特徴の一面でしかない。もっと純粋に音楽としての歌謡曲を論じたものはないのか? そんな要求に応えてくれるのが、この『歌謡曲 ──時代を彩った歌たち』なのだ。


著者の高護(こうまもる)氏について、少しだけ説明しておこう。1982年に邦楽研究誌「季刊リメンバー」を創刊し、SFC音楽出版株式会社(現ウルトラヴァイブ)を設立。数多くの名盤の復刻に尽力したり、音楽プロデューサーとしてサエキけんぞう、スケボーキング、小島麻由美といったミュージシャンたちを手がけてもきた。本人自身はあまり表舞台に出ないので一般には知られていないが、邦楽マニアからはレコードの溝より深い尊敬を集める、日本有数の歌謡曲研究家だ。

高氏による歌謡曲評論は、従来のような時代論でもなく、聞き手の感想を述べただけの印象批評でもない。音楽そのものを対象として、その魅力を驚くほど精密に解き明かしてくれるのだ。
それは、膨大な資料から得た情報と、たしかな音楽的知識と、長年自分の耳で聴き続けてきた体験の積み重ねによって裏付けされている。

その一例を本書から引用してみよう。橋本淳・筒美京平という歌謡界最強コンビによるメガヒット曲「ブルー・ライト・ヨコハマ/いしだあゆみ」について解説している箇所だ。

「『ブルー・ライト・ヨコハマ』はレコーディングの前日の夜に橋本淳が電話口で口伝てに読んだ歌詞に筒美京平が一夜で曲をつけたと伝えられる。橋本淳の詞は珍しく七五調で、筒美京平は演歌風になるのを回避すべく工夫をこらしている。ポイントとなるのは“とてもきれいね”に続く“ヨコハマ ブルーライト ヨコハマ”の箇所でこの歌詞の配置によって七五調から破型を生じさせている。
キーはDmでハーモニック・マイナー(和声的短音階)。『黒い花びら』と同じスケールだが『黒い花びら』では終止音として効果を上げていたのに対し、『ブルー・ライト・ヨコハマ』では旋律の核ともいえるド#が“ブルーライト ヨコハマ”の小節頭で二拍登場する。(P.68より)」

曲作りのエピソードから一気に読者の興味を引き、なだれ込むように楽曲の聴きどころを解説していく流れが非常にスリリングだ。

もうひとつ、森進一のデビュー曲「女のためいき」での歌唱に触れた部分も紹介する。

「冒頭の“死んでもお前を 離しはしない”の“しィんでも”“おォまえェを”にみられる小節頭の強度のアクセントにまずは驚かされるが、続く“離しは”の頭の“は”でいきなり破裂気味に絶叫する歌唱はそれ以前の歌謡曲には存在しなかった表現である。ハスキーというよりも枯れて掠れた声質は、二番三番と曲の進行に合わせるかのように徐々に音圧が増幅され感情が高ぶっていく。
きわめつけはラストの“女の~ため息”の前に配置された“あ・ァァ・あ~”の一フレーズで、これは官能ともいうべき表現が、歌唱として歌謡曲に導入された歴史的な瞬間である。(P.97より)」

この記述、すごくないか?「女のためいき」というより、読んでるこちらがため息をついてしまう。

とにかく全編この調子で、歌謡曲が生まれた1960年代から1980年代末までの代表曲とその魅力の秘密を、的確かつ豊かな言葉で明らかにしていく。もっともっと引用したいところだが、キリがない。あとひとつだけ見所を挙げるとすれば、第2章で「阿久悠の時代」を紹介していく過程で、ピンクレディーの一連のヒット曲を読み解いてみせるところだろう。

ピンクレディーは1976年に「ペッパー警部」でデビューして以来、9作目のシングル「カメレオン・アーミー」まで連続で一位を獲得し、社会現象を巻き起こした脅威のボーカルデュオだ。

単に売れたというだけでなく、楽曲の質の高さも当時から認められてはいたが、それでも彼女らの音楽は、あまりまともな批評の対象になったことがない。どうしてもセクシーな衣装やダンス、奇抜な歌詞世界に目を奪われてしまいがちだったからだ。
そんな彼女らの代表曲に対しても、高氏はその音楽性の高さに着目し、豊富な言葉で解説していく。その筆の切れ味は鋭く、本書の中でもここがいちばんのハイライトと言ってもいい。

わたしも子供の頃から歌謡曲が大好きだった。とくに、音楽番組で聴くより「8時だよ全員集合!」のようなお笑い番組の合間に歌手が出てきて歌うのが好きだった。
歌謡曲というのはそういうものだと思う。襟を正して聴くよりも、リラックスした状態で聴くのがよく似合う。

そんな歌謡曲ではあるが、一曲一曲が作られていく過程には膨大な工夫と技術が詰め込まれている。それを実に手際よくわかりやすい言葉に置き換え、歌謡曲のなんたるかを教えててくれるのが本書なのだ。「歌謡曲」という書名に偽りはない。
(とみさわ昭仁)