建築を通してアニメ・マンガの世界を眺めることが、こんなにおもしろいなんて!
『マンガ建築考』が挑むのは、たとえば以下のような謎。


「新世紀エヴァンゲリオン」綾波レイの部屋は本当にコンクリート打ち放しなのか?

『進撃の巨人』に出てくる巨大な壁を造るにはどうすればいいか?

「機動戦士ガンダム」のホワイトベースを隠す巨大ドームはどれぐらい巨大か?

「けいおん!」あずにゃんのリビングにあるコルビュジエの椅子の正体は?

『めぞん一刻』の一刻館を建てるためのさまざまな難関とは?

『童夢』の団地はどこにあるのか?

『賭博黙示録カイジ』カイジの渡る鉄骨はなぜたわまないのか?

『機動警察パトレイバー』に登場する「バビロンプロジェクト」とそっくりのプロジェクトが現実にあった?

『グラップラー刃牙』の東京ドームの地下四階の闘技場、秘密工事はいつ行われたのか?

『ワンピース』の海底大監獄「インペルタウン」のモデルは?


5つの章と、5つのコラムから構成されている。

第五章は集合住宅。
「新世紀エヴァンゲリオン」『めぞん一刻』『童夢』がとりあげられる。
『新世紀エヴァンゲリオン』の項では、まず綾波レイのコンクリート打ち放しの部屋。
その壁についている丸いヘッコミからアプローチする。
コンクリート打ち放しにおなじみの丸いへっこみは「セパ穴」という。
“「セパ穴」とは、「セパレーターのプラスティックコーンを外した穴埋め跡」の略語です”。
コンクリートを固めるとき歪まないようにプラスティックコーンというものを使って、後で型から引っこ抜き、そこをモルタルで埋める。んで、丸いヘッコミができるわけだ。
ところがアニメでは、このセパ穴が四隅にしかない。実際には、中心部にも必要なのに!
ここで「間違った描き方をしてますよ」で終わってはつまらない。
じゃああの壁は何なのかを、さらに追求する。
“コンクリート打ち放し界の重鎮、コンクリートを知り尽くした男として有名な吉田晃社長率いるニチエー吉田株式会社の「ノンクリート打ち放ちボードB-1」だ”と推測!
ノンクリートも、吉田社長も、建築に詳しくないぼくは知らないのだが、こういう聞いたことのない専門用語ってなんか、いいよね。

「ノンクリート打ち放ちボードB-1」というのは、コンクリート打ち放しにそっくりなマニア向けの石膏ボードなのだそうだ。
さらには“ノンクリートではなくサンゲツの打ち放ち風のビニルクロスではないか?”と、さまざまな意見も検証し、いや、やはり「ノンクリート打ち放ちボードB-1」だろうと結論づける。

『進撃の巨人』の巨大壁の大きさから、地盤が耐えられるかを計算し、地面は岩盤でないとダメだという結論。
“日本の地質は、岩盤といっても、おもに比較的新し時代に形成された火成岩が分布しており、しかもモザイク状に岩が入り混じった状態です。それに比べてヨーロッパは地層が安定しているだけでなく、氷河の影響によりさらに壁の建造に向いた地盤を形成しています”といった考察や、描かれ方から舞台はヨーロッパ大陸であろうと推理する。

『漂流教室』→『のだめカンタービレ』→「けいおん!」と、学校を舞台にしたマンガを検証し、その時代背景を炙り出すコラムもおもしろい。
『漂流教室』が、学校を舞台としてあのような驚愕の世界を描くことができたのは、それが昭和40年代の“児童増加による拡張や建て替えを進めていた学校”だったからと指摘する。
“現在の学校は規格規格と合理的な導線計画によって画一的になって”いるが、“昭和40年代に過渡期的にみられた学校建築”は、“新旧の校舎が併用され、複合的で、素材や構造も複雑。中庭につくられた花壇や池、渡り廊下やつなぎ廊下の存在によって生まれるメインストリートと裏通りなど、学校そのものが小さな町ともいえるような景観”。この複雑な構成の学校は、サバイバルの舞台としてうってつけだったのだ。

「けいおん!」の唯ちゃん宅の玄関扉の庇。“耐久壁がうまいこと洞窟状の玄関ポーチになっているため、雨の日でも玄関扉の前は濡れないようになっている”ので必要がない。
じゃあ、どうしてついているの?という疑問にこう答える。
“壁面はほぼ真南面。庇の影が表情をつくり出すのです。影によって季節感や時間の経過など、建物に表情が出ます。アニメならではの設計。さすが京都アニメーション。”

読んでいてワクワクするのは、できる限り作品に寄り添い、どうすれば可能かを検証していくからだ。作品に登場する建築が間違ってるとチェックしてよしとする姿勢ではない。
そして、建築を通して、作品の姿勢や時代背景を探っていく。
読んでいて思い出したのは、建築評論家飯島洋一の『映画のなかの現代建築』。
建物を通じて映画を語るレビュー集だ。これもこころ躍った。

『マンガ建築考』と『映画のなかの現代建築』に共通するパワーは、新鮮な視点だ。
建築好きな人には、あの作品がこんなふうに見えているんだ!という発見を伝えてくれる。
かつて観た作品が違う側面をともなって、よみがえってくる。
そのワクワク感はレビューの持つすごい力だ。(米光一成)
編集部おすすめ