先週、2月末以来、約4カ月ぶりに(つまり震災後初めて)東京に行ってきたのだけれども、節電で冷房の温度を抑えているせいなのか、どこに行ってもちょっと蒸し暑く感じた。地下鉄の車内で窓が開けてあるのを見たのは、いったい何年ぶりだろう。


今年の夏は、ぼくの住む中部電力管内でも浜岡原発の停止を受けて節電が呼びかけられているし、日本各地で例年より暑くなりそうな予感がある。そんななかこの6月9日、どうせ節電するなら、いっそ冷房のほとんどいらない北海道へ移住してしまおう! というコンセプトのもと、その名も「北へ~北海道移住計画」というトークイベントが東京・新宿のネイキッドロフトにて開催された。主催は、伝説のテキストサイト「スレッジハンマーウェブ」の元管理人で、現在も八重歯や換気口などさまざまな事物を研究・オルガナイズしている前川やくさん(今回のイベントでは前川ヤスタカという別名を名乗っていた)。

そもそもこのイベントは、札幌出身の漫画家・能町みね子さんのツイッターでのつぶやきに、前川さん(帯広生まれ・札幌育ち)が反応したことから企画されたもの。とはいえ、実際のところ30年近く前に北海道を離れている2人だけで北海道イベントをやるのはどうだろう……ということになり、札幌在住の小説家・蛭田亜紗子さんと帯広在住のマンガ家・青空大地さんを呼ぶことになったんだとか。さらに、テキストサイト「グレコローマンかたぎ」の元管理人のそねさん(釧路出身)も急遽カナダから帰国して参加、5人の出演者がそれぞれの切り口から北海道を語るというじつに濃いイベントが実現した。

個人的な話ながら、出演者のうち前川さんとそねさんとは、昔ぼくがやっていたミニコミで原稿を依頼するなどつきあいがあって、今回久々にお会いすることができた(ただし前川さんとはネットを通してのつきあいだけだったので、リアルに会うのはこの日が初めて)。開演前、楽屋にあいさつにうかがったところ、そねさんに「で、近藤さんは北海道に行ったことは?」と聞かれたので、じつは行ったことがないことを打ち明けると、「それはだめだなー」と言われてしまった。うわ、きょうのトークに、本当についていけるだろうか……とにわかに不安がよぎる。もちろん、実際にはじまったら、そんな心配は吹き飛びましたけどね。

イベント前半ではまず、前川さんが用意した120枚ほどのスライドを使いながら、北海道の特色からはじまり、移住のメリットやその心構えなどをプレゼン。シンクタンク並みの徹底したリサーチに加え、文章やグラフを多用しても飽きさせないところはさすがテキストサイトで一時代を築いた前川さんの面目躍如であった。


北海道に移住することのメリットとして前川さんはまず、「そもそも明治に入って“移民国家”として成立したため、外部の人間を受け入れることに抵抗感が低いこと」をあげていた。それゆえに、人づきあいに関して「しがらみがない」んだとか。結婚式も、屯田兵時代のなごりから会費制が主流で合理的。このあたり、どことは言わないが、結婚式に異常にカネをかける本州のド真ん中の地方とはえらく対照的ですなー。

北海道移住のメリットは気候・風土の面からも強調された。いわく、「夏が涼しい」。よく聞く、冷房をつけるのが年に1、2度という話は本当らしい。そのかわり「冬はもちろん寒い」。この点だけは、老後には北海道移住を考えている前川さんも、奥さんが寒がりなので少しためらわれるところだと語っていたのだが、ほかの出演者に、部屋のなかは暖かいから大丈夫! と説得されていた。

気温以外にも、「花粉が来ない」(スギ花粉の飛散量でいえば、全国最多の三重県の約150分の1だとか。ただし最近では、北海道でも白樺花粉症というのが登場しており、まるっきり花粉症と無縁というわけでもないらしい)、「ゴキブリがいない」(ちなみに前川さんが初めてゴキブリを知ったのは、小学生の頃に読んだみつはしちかこのマンガ「小さな恋のものがたり」を通じてだったとか)、「台風が(ほとんど)来ない」「梅雨がない」など、北海道のよいところがあげられる。ここまで言われると、もはや北海道移住を考えない手はないだろう。


続いて話題となったのは北海道独特の文化。「北海道人は、東京人よりきれいな標準語をしゃべっているという意識が高い」ものの、前述の「ザンギ」のほか、「カツゲン」(乳酸菌飲料)など独特の名詞が存在するという言葉の話から、「北海道人はとうきび(トウモロコシ)を食べるのがうまい」など食べ物にまつわる話になるとがぜん話は広がっていく。パンのメーカーも内地とは違う勢力が存在し、たとえば北海道にはヤマザキのランチパックに先立って、日糧製パンの「ラブラブサンド」というシリーズが存在したという話にはビックリ(『ランチパックの本』香山哲さんにも知らせないと!)。なお、通常は沖縄料理を出しているネイキッドロフトだが、この日にかぎっては、ザンギ(鶏の唐揚げ)やジャガバターなど北海道の料理が特別メニューとして登場。道民にはおなじみという、ジャガバターのイカの塩辛添えは絶品でした。

第一部の終わりにはおたる水族館のトドショーの映像が流され、会場が大盛り上がり。巨大なトドたちが崖の上から次々と海へ飛び込んでいく様子は圧巻だった。そして休憩後、今度は各出演者によって北海道の見所などが語られる。そねさんは、「北海道出身者はもう一度北海道に住みたいという思いが高じると、より“北海道度数”の高いカナダに住んでしまう」という“リバウンド移住論”を展開、そこから現在住むカナダと北海道との類似性――移民国家であること、シカやクマがやたらといること、民芸品が多いこと、なぜか倉本聰に気に入られていること(北海道・富良野を舞台にした名作ドラマ『北の国から』のほか、倉本には『ライスカレー』というカナダを舞台にした作品がある)などなど――があげられた。

続いて蛭田さんが、札幌市内にある「レトロスペース坂」や歓楽街ススキノの風俗店の怪しい看板、さらに夕張市が観光客をあてこんで設けた「キネマ街道」や「幸福の黄色いハンカチ広場」など、北海道内の珍スポットを紹介。このうち「レトロスペース坂」は、ビスケットメーカーの社長が自らのコレクションを展示するためにつくったものなのだが、そのコレクションというのが、エロブロマイドであったり、なぜか緊縛されたリカちゃん人形だったりと、えらいことになっていた。ちなみに蛭田さんは、「自縄自縛の二乗」(『自縄自縛の私』所収)という作品で、新潮社のR-18文学賞を受賞している。


一方、『うっかり鉄道』という著書のある能町さんは、北海道のローカル線をまわる途上で見つけた変なものを紹介。たとえば、新千歳空港の隣りの美々駅には、空港に行くつもりが間違って降りてしまった人たちが怒りのあまり書きなぐった落書きだらけで、おかしくも何だか哀れであった。ちなみに、北海道ではローカル線用の一両編成の車両も、特急と同じくデッキと客室が分離されている。これはもちろん防寒のため。

青空さんからは、この夏頃「モーニング」で始まるらしい新連載についての告知が。哀川翔主演で映画化もされた『昆虫探偵ヨシダヨシミ』に続く新作は、登別で生まれたヒグマを主人公にしたその名も「ヒグさん」という作品だとか。クマをとりあげるとなぜかアクセスが伸びる「エキレビ!」としては、これは見逃せません。

さて、イベントの終盤では「北海道菓子の世界」と題して、六花亭の菓子詰め合わせ「十勝日誌」や、柳月の三方六(北海道の人が生まれて初めて出会うバウムクーヘンだという)などを紹介。三方六にはかつて切り分け用にプラスチック製のノコギリがついていたのだが、いつのまにかそれがなくなり、現在でははじめから1.5センチくらいの厚さに分けられているという。これについて昔のほうがよかったと、前川さんはじめ出演者から異論が続出したところで、宴もたけなわに。なお、これらの菓子は終演後、観客にもふるまわれた。

北海道の独特ながらも面白いところが語られたこのイベントを見ていたら、やっぱり北海道に行きたくなってきた。
と同時に、わが愛知県をめぐっても出身者を集めて、いつかこんなイベントがやれたらなーと、ちょっとだけ思ったのでありました。(近藤正高)
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