東野圭吾『麒麟の翼』って映画化されるんだって?
いや、映像化はされると思っていたので想定の範囲内。だって、〈麒麟の翼〉という新作の題名が発表されたのも1月に放映された2時間ドラマ『赤い指』の放送時間内だったし(原作にほぼ忠実な良質のドラマだった)。
そういえば光文社で刊行されている単発作品も3作連続で映像化されるとか。有卦に入った状態というのはこういうことを言うのである。

すでに四半世紀以上作家を続けているだけあって、東野圭吾にはずいぶんたくさん著書がある。恐るべきことに、すべての著書が現役。つまり絶版や品切重版未定になっている本が1つもないのだ。これだけ本があるとどれを読んだらいいかわからない、という人も多いはずで、その需要を当てこんだガイド本が多く刊行されている。

しかし今なら無料で手に入るガイドがある。東野の著作を刊行している出版社が制作した「東野圭吾公式ガイド」だ。「作家生活25周年特別企画」と銘打たれたこの本には(実際には東野圭吾が乱歩賞を獲ってデビューを果たしたのは1985年なので1年計算が合わないんだけど、そこはつっこまないのが大人というものです)、全著作について作者がコメントをしている。もちろんこの本のために新たに書き下ろしたものではなくて、過去に「野性時代」や「IN☆POCKET」などの雑誌が東野圭吾特集を行ったときのコメントが流用された形である。作者自身は書きながらこんなことを思っていたのか、と意外なことが判る文章もあっておもしろい。
たとえば家族の情愛を描いた感動作として紹介されることが多い『時生』について、こんなことを書いている。


――そしてもうひとつ……、実はここではバカを書きたかったんですよ(笑)。宮本拓実という男性が主人公ですけど、彼は本当にバカなんです。これを文庫で出すときに“この主人公は俺”とポップにも書いたんですが、若いときの自分のバカさ加減をかなり強調して書きました。自惚れだとか、勘違い、いろんなことを親や他人のせいにして責任逃れをするところとか。そういう部分を強調した人物を書きたかったんですね。(中略)連載中は男性が担当でスルーだったのですが、単行本担当の女性編集者は怒ってましたね。
「なんで拓実はあんなにバカなんですかっ!」とものすごくむかつかれた。(後略)

いやそんなに怒られても。
こんな感じで裏話に近い領域まで踏み込んで個々の作品が回顧されている。興味深かったのは、今年映画化作品が公開される『夜明けの街で』に関する裏話だ。この本の巻末には番外編の短編が収録されているのだが、実はこれは東野圭吾作家生活20周年を記念して書かれたものである。当時東野は複数誌の連載をもっていたが、そのうちの1誌にだけ短編を書くという話になり編集者がトランプで権利を争ったのである。
その勝者が『夜明けの街で』を連載中の角川書店だったため、この番外編ができたのだ。ガイドにも書いてあるとおり、もし講談社が勝っていたら加賀恭一郎ものが、文藝春秋だったら湯川学ものになっていたわけだ。ちなみにその番外編「新谷君の話」が掲載された「野性時代」は東野圭吾特集号だった(本ガイドに収録されているコメントの多くは、同号から引用されたものである)。特集号に記念短編が載ることになってよかったよかった。しかし、トランプで負けていたらどうするつもりだったのだろうか。

そんなわけで、東野圭吾という作家に関心がある読者は、ぜひこのガイドを獲得されたし。
ちなみに今回文藝春秋から出たガイド(『容疑者Xの献身』の表紙を流用しているから黒東野と呼ぼう)は、『麒麟の翼』が刊行されたときに講談社から出たガイド(赤い背だから赤東野と呼ぶ)とほぼ同内容だが、以下のような異同がある。
・冒頭に「エッセイ『真夏の方程式』のこと」が収録されている。
・赤東野に収録されていた「エッセイ『麒麟の翼のこと』」が【完全版】になっている。
・『麒麟の翼』が映画化されるという告知が入っている。
・赤東野にあった『真夏の方程式』の人物相関図がなくなっている。
・9月に刊行される新刊『マスカレードホテル』の紹介が詳しくなっている。

・赤東野からある巻末の加賀恭一郎特集のデータページが割愛されている。
・同じくガリレオシリーズ特集の「映像化されたガリレオ」のページが割愛されている。
・赤東野からあった「映像化の系譜からみる『白夜行』『幻夜』の世界」のページがスケールアップしている。
その他細かい変更もあるかもしれないが、だいたいこんな感じ。赤東野だけ手に入れて満足していた人は油断せずに黒東野も手に入れよう。この冊子、特に出版社側で配布方法を指定していないようなので、対応は書店によってまちまちであるようだ。来店者すべてに配布しているところもあれば、新刊『真夏の方程式』を購入した人限定、という対応をとっている店もある。その店でもらえなかったからといって、別に不親切だったり手を抜いていたりするわけではないので、無粋なクレームをつけないように気をつけよう。何店舗か回れば、どこかでもらうことができるはずだ。ちなみにこの冊子の製作者は「東野圭吾作家生活25周年祭り実行委員会」編となっている。新刊を出した講談社、文藝春秋の2社からガイドが出たということは、9月の『マスカレードホテル』を出す集英社も……ということなのではないだろうか。というか、出して。
ガイドの巻末には過去のすべての東野圭吾本を対象にした「あなたが選ぶ「人気作品ランキング」」もある。これはガイドに添付されたハガキのみで応募が可能で、2011年11月11日が〆切になっている。この結果もおそらくなんらかの形で公にされるはずである。1位に輝いた作品ってどうなっちゃうのかしらん。ハリウッドで映画化? 翻訳して全世界で刊行? などと妄想は膨らむばかりなのでございます。(杉江松恋)