「手は痛くなりますよ、最初はね」
松田さんは50代後半、ロマンスグレーに伸びた髪がどこか“仙人”を彷彿とさせる。
仙人に心の中を見透かされた私は、“毎日叩けば、この痛みにも慣れるのでしょうか?”と疑問をぶつけてみた。
私の問いにニコリとうなずく松田さん。すると、周りの参加者が嬉しそうに言葉を挟んだ。
「気づいたら、禁断症状みたいにね、なっちゃうんだよね、 ははは」
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この日、神奈川県藤沢市で西アフリカの伝統的打楽器“ジャンベ”のワークショップをやると聞き、参加した私。
初心者なのに上・中級者クラスに参加してしまった自分が悪かったのだが、途中で一度休憩を挟む以外、ほぼ3時間ぶっ通しで叩き続けるというレッスンはかなりハードであった。
先生の内藤大輔さんは、レッスン中、ほとんど日本語らしい日本語を話さない。
「じゃあ僕がトゥテケトゥテケ、とやるので、ドゥドゥンドゥドゥンで入ってきて下さい!」
とリズムを口で説明してくれるが、よくわからない私にとってはまるで何かの呪文を聞いてるようだ。しかし、さすがに皆さん経験者だけあって、輪になって座った7、8人の参加者たちは、先生の指示に瞬時に反応し、一斉にジャンベを叩き始めた。
しばらくすると先生から再び指示が出て、みんなで再び叩き始める。その流れを何度も何度も繰り返すのだ。
教科書も黒板も使わないレッスンに最初は戸惑ったが、実際に何時間も叩き続けていると、体が徐々にリズムを覚えていくようで、先生の呪文の意味も少しずつわかってきた。
「頭で理解することも大切だけど……」
と前置きしつつ、内藤先生は語る。
「アフリカの現地で習っても、説明とかは一切なくて、師匠から見様見真似でリズムを盗んでいくものなんです。だから体に馴染ませることがすごく大事になってくるんです」
内藤先生は、2006年にジャンベを学ぶため単身アフリカのギニアに渡り、言葉も通じない環境で、現地の師匠から“アラカリケイタ”というアフリカ名をもらうほどの修行を詰んだ人物。そんな本場仕込みの彼のワークショップは大変好評らしく、参加者が増え続けているようだ。
トゥテケトゥテケ……
ドゥドゥンドゥドゥン……
内藤先生のリズムに導かれながら、夢中で楽器を叩く。手の痛みはすっかり忘れてしまった。
見回すと、仙人のような松田さんをはじめ、輪になった参加者の皆さんが、それぞれに恍惚とした表情を浮かべながら、思い思いにリズムに没入している。
まるで宇宙との交信の現場にいるかのような錯覚に陥った私は、言い知れぬ感動を覚えたのであった。
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「また、藤沢に遊びに来て下さいね」
レッスンが終わり、皆さんにニコニコと手を振られ、藤沢を後にする。
帰りの電車でボーっとしながら、ふと膝の上を両手でトゥテケトゥテケ……と叩いている自分に気づいた。これを禁断症状と呼ぶのかはわからないが、早くも私の体はジャンベの魅力に取り憑かれてしまったようである。
(銀座箱アレン)