クライマックスシリーズ・ファイナルステージでヤクルトを下し、日本シリーズへの切符を手に入れた、中日ドラゴンズの落合博満・現監督。わざわざ「現」とつけたのは、今季限りでの退任が決まっているからだ。


中日ドラゴンズの監督として在任中の8年間すべてチームをAクラスに導き、その間4度のリーグ優勝を達成。2007年には、球団として53年ぶりの日本一にものぼりつめた。だが落合博満という人の言葉がメディアに向けて語られることはあまりに少ない。そこで「オレ流」と言われた「落合博満」にさまざまな角度から触れておきたい。今週末から始まるソフトバンクホークスとの日本シリーズや、今月下旬に発売される『采配』を何倍も楽しめるようになるはずだ。

まず「オレ流」の正体を知るための一冊目は、1998年の引退時に出版された『野球人』
一章と二章は自身の系譜や名試合のプレイバックとなっているので、野球に興味のない人には読み進めづらいかもしれない。しかし野球界に対する提言となる三章以降には「実際に極限状態の勝負の経験を積み重ねることが、選手をひと回りもふた回りも大きくする」「時間を有意義に過ごしたものだけが、結果的にはいい思いをすることができる」など職場などでのマネジメントにも応用できる言葉が詰まっている。

『プロフェッショナル』は、文字通り落合氏が出会った「プロフェッショナル」数十人とのエピソード集だ。長嶋茂雄や王貞治といった野球界の歴史に欠くことのできないスーパースターも登場するが、真の価値は打撃投手やトレーナー、スカウト、審判員といった裏方との間のエピソードにある。読後、あらゆる世界に生きる「プロ」の凄味に当てられて、ボーッとしてしまった。真に価値あるものは、ひっそりと語られる。
ロッテ時代のトレーニングコーチ、池田重喜氏の章で語られた「理想は、原始的なトレーニングと科学的なトレーニングをうまくミックスさせていくことだろう」という言葉もまた真理に違いない。

そして同社から刊行されている書籍で、ぼくがもっとも興味を惹かれたのが『落合博満の超野球学・バッティングの理屈』。サブタイトルに「理屈」とあるだけあって、バッティングに関するあらゆる疑問がロジカルに考察されている。しかも論理構築が型どおりではなく、人間の身体構造にまで踏み込んだ仮説や、名選手を例に挙げての実例など、切り口が実に多彩だ。試しに本書の内容にあった「バッティングの壁」と「トップの位置」を意識して、バッティングセンターで何十球か打ち込んでみたら、いい当たりの打球が驚くほど増えた。打てるから楽しくなる。
楽しいから野球がしたくなる。これは週末の過ごし方さえ変えかねない名著だ!

ところが、ベースボールマガジン社から発売された上記の3冊は、現在版が重ねられていないようだ。古書市場でも、クライマックスシリーズが始まった10月頃から数倍~10倍以上に跳ね上がり、1万円以上の高値で取り引きされるものもある。せっかくの名著なのだから、ぜひ復刊か、電子書籍化など別の形でも手に取れるようにして頂けないものか。ああ、もったいない。

現在、新刊本として入手しやすいのは、『采配』と同じダイヤモンド社から発売されている『コーチング』
「教える」という行為は、すべてのコミュニケーションに通じる。何をどう伝え、どう定着させるのか。教師や上司といった「コーチ」役のポジションの人だけでなく、人間関係に悩む人すべて本一冊で十分突破口になる一冊。

それにしても、実績に比して、「著・落合博満」という本があまりに少ない。その理由の一端が阿川佐和子氏の対談本『阿川佐和子の会えばなるほど この人に会いたい6』で明かされている。

「(マスコミには)ほとんど出ていないと言ってもいいかもしれない。
周りから『どうせ言ったって受けてくれないんだから』と思われているのは事実」「(マスコミを)利用する気もないし、されたくもない」「書く人の受け取り方によってどうにでもなる」

「現役」の間は、差し障りがありすぎて著作を出すことができない。メディアというフィルターを通すと発言が加工されてしまう。それを嫌うから、自然とメディアへの露出は少なくなる。結果、出版されるのは王貞治氏との対談が載録された『「文藝春秋」にみるスポーツ昭和史<第三巻>』『戦後の巨星 二十四の物語』などの対談集、もしくはオグマナオトさんのレビューにもあった、テリー伊藤氏の著書『なぜ日本人は落合博満が嫌いか?』のような「落合研究本」が多くなる。

「落合研究本」の代表格と言えば、ねじめ正一氏の『落合博満 変人の研究』が挙げられる。江夏豊などの野球関係者から、落合家と交流のある冨士眞奈美まで、さまざまな角度から「落合」を研究。
さらに落合本人と著者の対談時のことを回想して、「自分の考えをきちっとコトバで表現できる人」と評し、その言葉をひとつひとつ分析している。

そして重要なのが「落合家」の人々の著作だ。昨年とみさわ昭仁さんがレビューした息子の落合福嗣氏の著書『フクシ伝説! うちのとーちゃんは三冠王だぞ』での家族との対談には、ざっくばらんで率直な人柄が表れていて好感が持てる。息子に「オレ、その昔、おニャン子クラブと仕事したことあるぞ」と自慢したかと思えば、妻に向かって「オレ、家のこと何もできないから、オマエがいないと生きていけねーぞ」と家族仲の良さを伺わせる。

落合家の仲の良さは1986年に出版された信子夫人の『悪妻だから夫はのびる」からも伺える。サブタイトルに「男を奮い立たせる方法」とあるが、ほぼすべて実例つきで書かれているので、自然と夫とのやりとりが浮き彫りになる。「オレ、骨はおっかあに拾ってもらうだ」と面と向かって妻に言い、(書かれた当時は)起きると「おっかあ、ジャンジャジャジャジャーン(※結婚行進曲の意)をやろう」と毎朝妻の指に指輪をはめるという素朴な愛妻家だというエピソードを読むと、可愛げすら感じられてくる。

12日から始まる日本シリーズが最後の『采配』となる落合監督。戦術やそこにある理屈、そして人柄……。落合博満という人はどんな角度から見ても、知れば知るほどに面白い。ぜひ最終決戦を前に、いろいろな「落合」に触れて頂くことを強力におすすめしたい。
(松浦達也)