『古本道入門 買うたのしみ、売るよろこび』という非常にわかりやすいタイトルの本書は、サブタイトルにもある通り古本を「買うたのしみ、売るよろこび」について書かれたものだ。著者は神保町系ライターとして知られる岡崎武志。
おそらく著書のなかで書名に「古本」と付くものの割合が日本一多い作家なのではあるまいか。

古本マニアが「古本を買うたのしみ」について書いた本は多い。古書店主が「古本を売るよろこび」について書いた本も多い。けれど、その両方について一人の著者が書いたものというのは、他ではちょっと見当たらない。

たとえば、第1章で古本屋の利用の仕方について説明する際にも、客はどんな心得で店と接するべきか、店主はどんな心構えで客を見ているのか、その両面から語られていたりする。結果としてそれが古本屋という空間を立体的に感じさせてくれ、まさに古本道の入門書として、理想的な効果を発揮している。

第3章では、古本を読むことの魅力について語っている。古本屋というのは、過去に積み上げられてきた知の森だ。そこには無数の知識が埋まっている。最初は何もわからず手探りかもしれないが、何かを手掛かりにして世界がどんどん広がっていく。古本屋探訪の醍醐味はそこにある。これを岡崎は「ものを知れば目がよくなる」と表現する。


神保町で行なわれた即売会で、たまたま手に入れた昭和4年の文藝春秋を読んだ岡崎は、それまでまったく関心のなかった北村兼子という人物や、その時代背景に惹き込まれていく。そうすることでいままで閉じていた“目”が開き、次に古本屋めぐりをしたときに、その分野の本が目に飛び込んでくるのだという。

「人名を中心とした固有名詞を、できるだけたくさん頭に取り込むこと。関連する書籍や雑誌、資料を読むことで、人物や時代、風俗などへの自分なりの見方が生まれる。物書きならそれがネタになり、次に書くべき原稿につながるだろう」

いつも同じようにフーターズのことや人喰い映画のことばっかり書いている自分は耳がイタイですな。

第4章では、本のまち神保町での注目すべき古書店をガイドしてくれている。また、続く第5章では、その足を函館から仙台、鎌倉、松本、長野、金沢、京都、奈良とひろげて「全国8大おすすめ古本町」を惜しげもなく紹介していて、実用性の面でもぬかりがない。わたしも北は青森、南は対馬まで古本屋探訪に出掛けていったことのあるマニアだけど、意外なことに松本、長野、金沢といった近場は見落としているので、かなり参考になった。

各章の合間には「達人に学べ!」と題して、岡崎も認める古本の達人たちにまつわるコラムも挿入されている。これがまたいちいちこちらの心をくすぐってくれる。

たとえば、山本善行(編集者、エッセイスト)が昭和11年に発行された文庫を手にして「チョコレートのような甘い匂い」と表現したというエピソード。常識で考えればそんな昔の本なんてカビ臭いだけで、甘い匂いがするわけがない。
でも、古本が好きすぎるヒトタチにとっては、たとえカビでも香しき甘さに感じられてしまうのだ。まあ、世間一般ではそれを病気と呼ぶのかもしれないが。

わたしみたいに週のうち3日は古本屋めぐりをしているような人間はもちろん、あなたが少しでも本というものに興味がおありなら、これを読めばきっと古本屋に行きたくなる。行きたくなりますよ。
(とみさわ昭仁)
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