AKB48の姉妹グループのとある研究生が、自身の卒業についてGoogle+に投稿した内容をめぐり、グループ内やファンのあいだでちょっとした話題になっていた。

くだんの研究生は投稿のなかで、卒業を決めた理由として、学業もAKBも両方頑張ったのに正規メンバーに昇格できなかったことをあげ、さらにAKB48のリーダー格である高橋みなみがことあるごとに口にする「努力は必ず報われる」という言葉に“自分はそうは思っていない”と書いたのだ。
これに対して、ほかのメンバーが様々な反応を見せていて興味深い。たとえば、大阪のNMB48の山本彩(さやか)は、同グループへの加入以前、中学時代に組んでいたバンドでの体験を例にあげこんな熱い投稿をしていた。

努力をしても報われないことはいくらでもある(って、彼女たちよりはるかに年上ながら、努力の量では全然かなわないであろうぼくが言うのもナンだが……)。むしろ報われないことのほうが多いかもしれない。それでも何年か続けてみて、ようやく日の目を見るときだってある。それまで我慢して頑張ってみるか、あるいはいっそ努力のしかたを変えてみるという手だってあるのではないか――。最近出た仲谷明香の『非選抜アイドル』はそんなヒントがいっぱい詰まった本だ。卒業を決めた彼女にも、ぜひその前に読んでほしかった。いや、たとえグループをやめるにせよ、読んでけっして損はないと思う。

この本を書いた仲谷明香はAKB48の現役メンバーだ。「なかたにあすか」ではない、「なかやさやか」と読む。AKB48には3期生として加入、すでに5年間活動を続け今年成人式を迎えた彼女ではあるが、シングル曲を歌うメンバー……いわゆる「選抜メンバー」に選ばれたことはまだ一度もない。
タイトルの「非選抜アイドル」はそれを意味している。

もともと仲谷はアイドル志望だったわけではない。本書でも書いているとおり、AKB48での活動はあくまでステップであり、将来的に声優を目指している。昨年はNHKのアニメ「もしドラ」に出演、さらに今月末から放映が始まるアニメ「AKB0048」では、グループ内での声優オーディションを勝ち抜いて役を得た。ここだけ見れば順風満帆に見えるかもしれない。しかし、ここまでいたるには長い道のりがあった。

中学時代に不登校児となった仲谷は、以前から好きだったアニメにますますハマりこみ、声優にあこがれるようになる。やがて少しでも夢に近づくべく、彼女は母親に頼みこんで声優の養成所に通いだす。だが、父親と別れたのち母親が女手ひとつで家計をやりくりしていた当時、仲谷の声優所通いは最初から無理があった。半年後、母からこれ以上養成所に通わせられなくなったと告げられた彼女は、夢をあきらめざるをえなかった。

声優への道を閉ざされ再び家に引きこもるようになった彼女だが、中学2年の冬、久々に学校へ行くとある噂を聞きつける。中学入学当初、よく登下校をともにした同級生の“あっちゃん”がアイドルグループに入ったというのだ。
自分と同じく引っ込み思案のあっちゃんがアイドルになれたのなら、私にだってなれるかもしれない。そしてこれを足がかりに声優に――そう思った仲谷は、あっちゃんの所属するアイドルグループのオーディションを受けることにする。いうまでもなくそのグループこそAKB48であり、そして中学の同級生のあっちゃんとは、AKB48スタート時からの主力メンバーで先日卒業を発表した前田敦子のことだ。

仲谷はこのオーディションに無事合格し、AKB48の研究生となったものの、約4カ月間はレッスンもなく「待つ」日々が続く。2007年3月になってようやく、正規メンバーへの昇格が決まり、秋葉原のAKB48専用劇場での公演初日まで3週間みっちりとレッスンを積んだ。厳しい日々ではあったが、かつて通った声優養成所とは違いレッスン料は無料だったし、何より彼女は公演に大きな喜びを見出すようになる。

そんな仲谷の前に新たな壁が立ちはだかる。活動を続けるうちに同期のメンバーのあいだでも人気に差が出始めたのだ。それはもうアイドルの宿命というしかない。なかなか人気が出ない仲谷は、しかしそのことに真剣に向き合えなかったという。追い打ちをかけたのは、グループ全体からファン投票によりシングルCDで歌うメンバーを決めるべく2009年から始まった「選抜総選挙」だ。1度目と2度目の総選挙で彼女は大いに悩むことになる。
はっきりと目に見える形で人気がランク付けされるわけだから、それも無理はないだろう。

だが3回目となる昨年の総選挙では、仲谷はまたしてもランク外だったにもかかわらず、これまでとはまったく違った感情が湧いてきたという。本書の序章にはそのときの様子がくわしく書かれているのだが、自分よりもむしろ隣りに座っていた前田敦子に感情移入していたことにまずびっくりする。さらには、自分の置かれた状況を「――おもしろい」と感じるにいたったという。

どうして仲谷はそこまで冷静に状況をとらえられるようになったのか? 3回目の総選挙を迎えるまでに、彼女にどんな変化があったのだろうか? この本のキモはまさにそこにある。くわしくは本書(とくに第4章)を実際に読んでいただくとして、ここではヒントを示すにとどめたい。

ぼくは『非選抜アイドル』の当該のくだりを読んでいて、ふと『働かないアリに意義がある』(長谷川英祐著)という本を思い出した。同書によると、始終せわしなく働いているアリは実際のところほんのごくわずか、巣のなかにいるうちじつに7割の働きアリはほとんど何もしていないという。しかし彼女たち(働きアリはみんなメスなので)は、大きなエサが見つかったり、巣が崩れたりなどといった突発的な事態に対応するため、どうしても必要な存在なのだ。

もちろん、仕事が生じたとき《人間にたとえると「体が勝手に動いて何かをやってしまう」状態に》なる(長谷川、前掲書)というアリたちとは違い、人間が突発事態に対処するには、日頃から準備が欠かせない。また、人間の場合きっかけさえあれば、べつのステージへと移ることだってありうる。

AKB48はいま、選抜メンバー(それこそアリさんマークの引越社のCMに出演するような)の数以上にたくさんの非選抜メンバーたちを抱えている。
姉妹グループや研究生も含めばその数は100人をゆうに超えるだろう。『非選抜アイドル』は、そんな大多数のメンバーたちについて存在意義を示した書といえる。選抜メンバーを勝者とするなら、非選抜メンバーは敗者だ。しかし仲谷は《すぐれた敗者でなければ、勝者を輝かせたり価値をもたらすことはできない。そしてそれには、敗者としてのレベルアップが必要なのだ》と書く。ここにはもう、哲学すら感じる。

それにしても、多くの“敗者”たちに居場所を許す、現在のAKB48の懐の広さにはあらためて感心してしまう。いっそのこと、この社会全体がAKB48になればいいのに!(近藤正高)
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