『高校球児ザワさん』(以下、『ザワさん』)でおなじみの漫画家・三島衛里子氏が、秋田書店エレガンスイブ編集部から新増刊される雑誌「もっと!」で女子校漫画を連載! その制作意図を三島氏自身と秋田書店編集者・駒林氏に聞くインタビュー後編です。担当編集も驚く、三島氏の漫画家としての素顔に迫ります。
前編はこちらから


【ハタチくらいまではジャンプしか読んでなかった】
─── 「大学でもバレー部だった」という話がありましたが、そんな環境でいつ頃から漫画家になろうと?

三島 最初は、「ジャンプ」の編集者になりたかったんですよ(笑)

─── 編集?「週刊少年ジャンプ」の??

三島 はい。それで編集部は男社会だと思ったので、男社会に溶け込む努力をしようと、大学の途中から選手を諦めて男子バレー部のマネージャーになったんです。「もうこれで男社会も大丈夫!」って思ったんですけど、集英社のOB訪問をしたら「ジャンプに女性編集者はいないよ」と言われてしまって。「えー、なれないのかぁ。じゃあ、自分で描いてみるしかないかぁ」と。

駒林 そっち?? 普通、「りぼん」の編集に行こうとか、少年誌なら「サンデー」の編集部に行こうってなりませんか? そもそも、編集者になるために男子バレー部のマネージャーになろうっていうのも、すごいメンタリティですけど(笑)

三島 世界が狭いんですよね。
理想の人としか付き合いたくないっていう時期があるじゃないですか。それと同じで、漫画も「ジャンプ黄金期しか面白くない」と思っていた時期がありまして……ハタチくらいまではジャンプしか読んでなかったんですよ。今の自分からしてみたらビックリですけどね。今は何でも読みますから。「ガロ」とかも好きですし。そんなこともあって、出版社の入社試験も半ば諦めて受けましたね。


─── あ、一応、試験は受けたんですね。

三島 でも、部活をしているとテレビとか見ないので、マスコミの試験に出る問題が全然わからないんですよ。「下記の芸人の中で、実際の兄弟はどれ?」という問題があって、中川家、品川庄司……とあって、品川庄司って兄弟っぽい!って思いましたから。

─── 描くこと自体は、子どもの頃からしていたんですか?

三島 イラストは好きでしたね。中学まではオタク要素が強くて、ゲームをしたりイラストを描いてばかりいました。でも、高校に入ってバレー部に入ってからは、みんなと遊んだりカラオケに行ったりの方が全然楽しくて、高校・大学の頃は全然描いてなかったですね。


─── じゃあ、就職しようとする段階で本格的に描き始めたんですね。

三島 はい。本気で漫画を描こうと思ったのは、大学3年の冬ですね。

駒林 水彩も独学ですか? 色んな漫画家さんを見てますが、三島さんの水彩画って相当な美しさですよ。

三島 美術の授業だけですね。小学校の時に、親に「油絵教室に行きたい!」とお願いしたんですけど「ダメ!」と言われて、水泳教室に通わされましたから。


─── じゃあ、描くことへの飢餓感がいい結果に結びついたんでしょうか?

三島 そうかもしれないですね。自分がやりたいと思ったことは親がやらせてくれなかった。美大に行きたいって言っても反対されましたから。高3の時、アート系の専門学校のパンフを眺めては『すっぱい葡萄』だって思ってましたね。どうせこんな学校に行ったって仕事にはならないぞ、普通にエスカレーターで大学に行こうと自分に言い聞かせて。親はとにかく手に職をつけて欲しかったみたいです。
弁護士になれ。手に職手に職と、ずっと言われてました。

駒林 それじゃあ、大学を卒業して、アシスタントに? 投稿が先ですか?

三島 投稿ですね。それで、「スピリッツ」に担当がついて…

─── 「ジャンプ」じゃないんですね(笑)

三島 「ジャンプ」にも描いたんですけど、「あなたの描きたいことは「ジャンプ」じゃないよ」と言われました(笑)。『SLUM DUNK』がずっと好きだったので、ああいうスポ根もので女性が活躍する話を描きたい、と。そうしたら「ヒロインならありだけど、「ジャンプ」で描きたいなら男の子を主人公にしないとね」と言われましたね。
そこで自分を曲げずに、じゃあ青年誌かなぁと。


【アイデンティティを持って生きろ!】
─── 投稿を続けながら細野不二彦さんのところでアシスタントを経験したんですよね。絵はそこで学んだ形ですか?

三島 いや、アシスタントってあんまり人物は描かないのであまり学んだという訳でも……。背景もほとんど描かずに仕上げばっかりやってましたね。性格が几帳面なので、寸分違わずホワイトをかける、とかに情熱を持って、楽しくやっていました。

駒林 男の人がアシスタントになると、作風が似たり絵柄が似たりするんですけどね。三島さんそういうのが全然ないですよね(笑)

三島 尊敬はしてますよ! でも、先生の長所と自分の長所は違うなぁと思いながら。

─── 「ここでなら自分でも出来るかも」と中学のときに思ってバレーは始めたというエピソードもそうですが、自己分析力と現状把握力がすごいですよね。

三島 漫画家らしくないんですよね。漫画家の方ってもっと猪突猛進型ですからね。そういうのカッコ良くて憧れるんですけどね。

駒林 三島さんは他の職種でも仕事が出来る人だなという印象があります。編集も向いてると思いますよ。

三島 「サラリーマンにだけはなるな」とずっと言われて育ったからか、確かに色んな仕事に憧れはありますね。親からはとにかく、手に職をつけろと。

駒林 第一話にも出てくる、トレーナーを着ているあのお母ちゃんですね。

─── あ、あのキャラも三島さんのお母さんがモデルなんですね。

三島 そうです。あの丸っこいのがもう母親そのものですね。勉強しろとかは言わないんですけど、自分の生き甲斐とか、アイデンティティを持って生きろ! っていうことにはすごくウルサい母親でした。

─── では、そんなお母さんと主人公の親子のやり取りから、三島家の情景も見えてくるかもしれないですね。楽しみです。


【『ザワさん』にはない饒舌な世界を見ていただきたい】
─── 三島さんの作品以外で、「もっと!」という雑誌で打ち出していきたいテーマやカラーは何でしょうか?

駒林 そもそもこの「もっと!』を立ち上げようとした経緯が、うちの編集部から『花のズボラ飯』というヒット作が出まして、この『ズボラ飯』と花ちゃんというキャラクターを使って一冊雑誌を作ってしまおう! という企画からなんですね。なので、まずは『花のズボラ飯』の新作。そして『ズボラ飯』を描いている水沢悦子さんが初のオリジナル作品にも取り組んでいますので、注目していただきたいです。世界観が独特で面白いんですよ。ファンタジックであり、現実的でもある。ひとり言連発の花ちゃんとは正反対の静かな女性漫画家が主人公で、アシスタントが猫ロボットみたいな。これが、可愛いんです。

─── 『花のズボラ飯』は料理漫画ブームの火付け役でもありますので、注目ですよね。

駒林 水沢さん以外でも、サメマチオさん、雁須磨子さん、石黒正数さんといった作家が、コレまでやっていなかった表現、作品を描こう、というコンセプトでやっています。演劇界の芥川賞とも言われる岸田賞を今年26歳にして受賞した劇作家の藤田貴大さんが今日マチ子さんとタッグを組んで文化的な最先端を目指そうという作品もあります。これは、次の12月号からの連載ですが、ぜひ楽しみにしていただきたいですね。

─── 雑誌は季刊ですか?

駒林 はい。オール新作となる次の創刊号は12月と間隔が少し空いてしまいますが、その後は季刊を予定しています。

─── 読者層やターゲットは?

駒林 『花のズボラ飯』の読者層に読んでいただきたいので、20~30代の女性と、漫画好きの男性ということになりますが、そこに縛られようとも思っていません。新しい挑戦が出来る作家陣を集めていますので、色んな人に楽しんでいただきたいですね。年齢層とかは後からついてくると思っていますので。「もっと!」で連載しているカラスヤサトシ先生などは、吉田豪さんやライムスターの宇多丸さんといったラジオ系から広まった部分もあるんですね。だから、今だとTBSの「たま結び」を聴いている方やポッドキャストで面白い情報を探している層なんかも入ってくると思います。年齢や性別で区切るとかは考えてないですね。

─── では最後に、今回の作品で特にここを読んで欲しい、というこだわりはありますか?

駒林 三島さんと打ち合わせして出てきたのは「誰かの心を救おう!」ということですね。この作品を読むことで「あの友達どうしてるかな?」とか「あの時は楽しかったなぁ」っていうのを思い出すことで、誰かしら救われる部分っていうのがあるんじゃないかなぁと思っています。そんな風に、誰もが持っている記憶の奥の奥をノックすることで、少しでも救われればいいなぁと思っています。

三島 あとはセリフ回しというか、『ザワさん』にはない饒舌な世界を見ていただきたいですね。普段の私って、メールでも朝起きてすぐに友人に長文を送りつけたり詩を送ったりとすごく饒舌なんですよ(笑)。本当は口数が多い人間なんですけど、『ザワさん』はセリフが少ないので実は結構ストレスたまってるんです。無言実行というか、黙って絵で見せないと逆に伝わらない世界。

─── 確かに、『ザワさん』は静寂であるが故に、逆に何か音が聞こえてきそうだったり、ちょっとした仕草が強調されたりという部分が独特の世界観を演出していますよね。

三島 それというのも、元々は饒舌な自分が嫌いだから『ザワさん』では静かな世界を描いているんです。でも、「饒舌な自分が嫌い」と思っているのも実は自分だけだから、これからはそこもちゃんと出していこうかなと。自分が嫌いなことであっても、周りから見たら笑えることだったりすると思うので。漫画って言葉で説明しちゃダメ、ネーム(台詞)で説明しすぎるな、というのが基本的な教えとしてあるんですけど、この漫画ではそれを破ってどんどん説明しちゃおう!と思っています。

駒林 実際、編集的には(書体を)指定するが大変でした。回想のシーンでは書体を変えたり大きさを変えたりしていると「16ページなのにこんなにあるの?」ともう編集泣かせで……(笑)。まあ、それくらい饒舌な世界、ということです。

─── あともうひとつ。この作品「私立ブルジョワ学院女子高等部・外部生物語」とタイトルがすごく長いのですが、何か略称は考えてないんですか?

駒林 編集部内では「ブルジョワ」と呼んでいますね。

三島 我が家では「秋田のアレ」って言ってます。

駒林 ちゃんとタイトルで呼んであげてくださいよ。

三島 じゃあ、「エレガンスの」って呼びます。

駒林 いや三島さん、「もっと!」ですから、雑誌のタイトル。
(オグマナオト)