2011年12月17日。金正日が死んだ。

これは世界にとっての大事件でした。
北朝鮮の独裁者の死。色々な意味で謎が多く、何か大きな事件が起きるのではないかと人々をざわめかせました。
1998年発売の『漫画 金正日』は韓国で出版後、金大中の「太陽政策」により、金正日を刺激するのではないかということで出版停止。いかに韓国がヒリヒリしていたかよくわかります。
無論、金正日の問題性ばかりをピックアップしても偏ってしまいます、様々な本を読んで冷静に事実を見る必要があるでしょう。


とはいえね、その時の韓国の心境を考えると、どれだけ大変だったかは想像に難くありません。
端的にいえば戦争が起きるかもしれないという恐怖です。
それを描いたフィクションがこのマンガ『STEEL RAIN』です。
原作も作画も韓国人で、2011年5月から韓国大手ポータルサイトDAUMで連載されていたもの。現在はクラブサンデーで見ることができます。
クラブサンデー|STEEL RAIN
ん?……あれ? 5月?
この漫画、死んでから描かれたのではなくて、もし死んだらどうなるかの予言のような作品だったのです。

それだけ緊迫している、ってことでしょう。韓国ではアクセス数1日1000万をになったことがあるそうです。
 
主人公は韓国大統領府に務める行政官のパク。情報のやり取りの仕事です。
そこで、金正日が死んだという情報や、北朝鮮側の総攻撃の情報を最先端で聞くんです。
気が気じゃないどころじゃないわけですよ。
今までそこそこ平和にこなしていた仕事が、一変して韓国全土が焦土になりかねない。
デフコン(戦闘準備態勢。5段階で、5は危険なし、1は戦争直前)が徐々に引き上げられる現場を見て焦燥感に襲われる、狂言回しとして描かれます。

そもそもなぜ北朝鮮がこのマンガの中で戦争直前までいったのか?
実は攻撃を受けているのは北朝鮮の首都平壌。つまりこれはクーデターなんです。
デフコン3(韓国軍の作戦等政権が韓米連合司令部に託され、全軍が待機状態になる)が発動すると、ただちに米第七艦隊が日本の横須賀基地を緊急出港。

たちまち韓米連合司令部がデフコン2(敵の攻撃準備が見られた時。部隊編成され、弾薬が支給される)への引き上げを要求します。
金正日が死んで、北朝鮮内のクーデターが起きたのはわかった。
しかしいきなりアメリカが介入するようなことだろうか、もし武力介入したら北朝鮮の今後はもちろん、韓国だってただではすみません。
ここで、北朝鮮がクーデターに対し、米国の爆撃を要請するという事態が生じちゃうんです。
中国も当然絡んできます。
米国の爆撃がうまくいけば、北朝鮮は中国式の指導体制を構築していく。非常に都合が良い。
米国と中国のもっとも現実的な方法を選んだ結果が、鋼鉄の雨、「STEEL RAIN」の爆撃でした。

ところが情報として入ってきた爆撃地区がクーデター側ではなく、なぜか逆に駐北朝鮮中国大使や中国側の関係者たちの方だったから、さあ大変。爆撃により壊滅してしまいます。
米国のステルス機も墜落。
騙されたのか!?
おかしい、何かが……。しかし、もし情報を流した人物の中に、クーデター側の人間がいたとしたら?
事態は最悪の状態に。瞬く間にデフコン1発動。戦争開始寸前です。
北朝鮮側も当然のごとく怒り狂い、「米帝国主義者共の断固許され難い爆撃に対抗、過去60年間の停戦協定を撤回し、米帝国主義者共とその傀儡である南朝鮮に対し、全面戦争を宣告する!」と宣戦布告。
事態が飲み込めないままどんどん進んでしまうのは脅威です。
そもそもクーデターは本当に起きていたのか? なぜ爆撃は間違えたのか? なにより、金正日は本当に死んだのか?

この作品では、まず金正日がどんな人物だったかは一切描きません。北朝鮮と韓国の関係をメインに描きます。
また、韓国の国民の生活のリアルや、軍人達の物語も描かれません。あくまでも上部の情報戦の内容が中心です。
なぜならそうすることで、感情論を廃して冷静に「今起きんとしていること」を描けるからです。

結構バッサリしたことも書いています。例えば北朝鮮が崩壊した場合、韓国はそれを統轄できるのか。
「いまの韓国の経済規模で2500万人の難民を受け入れることができるでしょうか? ネットも知らない世界に住んでいる人達です。最悪の場合、韓国中心の統一を反対する勢力によって再び内戦が起こるかもしれません」
なるほどなー。韓国が主導権握ぎりたいのかとか、そういう問題ではない。どのバランスでギリギリを回避するかの話。

何よりも北朝鮮という国の情勢の見えなさが、このマンガでは非常に細かく描かれます。すぐ隣りの国だというのに、情報のパイプラインが不明瞭すぎて手に負えない。
そんなにわからないものなのか。そう、そんなにもわからないんです。
金正日が死んだ「かもしれない」という不確かな情報、判断ミスで戦争が起きるであろうという不安定さ、ちらつかされる核の脅威。パクが見るテレビの中では韓国国民が我先にと争ってものを買いあさり、脅威に怯えています。
韓国人にとって戦争は現実的な出来事です。というのも、徴兵制度があるから。戦争があるから逃げろ、ではなく、自分たちも戦いにいかなければいけない。
なぜ戦うのか、何と戦うのか、暗闇を手探りでたどらなければいけないような状態の中、デフコン1が発動する脅威をなんとしても止めたい。
だがアメリカに頼っていてもいいのだろうか。アメリカとて味方とは限らない。

もしかしたらあったかもしれない、という架空の物語ですが、北朝鮮という国がどのくらい不透明なのかよくわかる作品でもあります。
同時に韓国の抱えきれないでいる問題も、米国や中国の問題も描かれています。
もちろんフィクションなのでこれが事実ではありませんが、韓国側が抱いている一つの脅威への見方ではあります。
北朝鮮を完全なる敵として描いているわけではなく、中国、韓国、北朝鮮、米国の力関係の問題であることを描いているのが興味深いところです。
実際に物語が大きくマンガチックに動くのは二巻から。一巻は緊迫の幕開け、といったところです。
普通にIF戦争物語としても面白いので、あくまでもフィクションと抑えながら、他の北朝鮮関連の書籍と一緒に読むのをおすすめします。
(たまごまご)