胃散が逆流することで食道に炎症が起こる病気で、40代以上の日本人の5人にひとりは疑いがあるといわれる生活習慣病のひとつだ。
ところが、逆転の発想というかコペルニクス的というか、逆流性食道炎になったことで生まれたレシピ本がある。
『病気になったバーテンダーの罪ほろぼしレシピ』は、長年の不摂生がたたって逆流性食道炎と食道の潰瘍、腸炎を診断されたバーテンダー藤村公洋さんが、薬に頼らず、食生活の改善によって病気を克服することを決意。「病気になっても、おいしいものが食べたい」という思いから生まれたレシピ138皿をまとめたものだ。
《20年の飲食業生活。寝る寸前まで酷使してきた内臓、お決まりの生活習慣病。醜くてしかもありふれた現実に無性に腹が立った。数時間後、僕は薬をすべてゴミ箱に捨てて決意しました。生活習慣病なら、生活を変えるしかない》
本書の冒頭でこう語る藤村さん。そんな男前で無謀な決意を実践し、肉ナシ・油ナシ・乳製品ナシ・刺激物ナシ・生野菜ナシ! という食生活にしただけでたった3ヶ月後には潰瘍がなくなり、逆流性食道炎もおさまったというから素晴らしい。この本はレシピ本でありながら、一人の男の「闘病記」にもなっているのだ。
藤村さんが20年に渡る飲食業での経験と、ネットを駆使して導いた食生活改善のためのルールは7つ
(1)肉を食べない
(2)油を控える。
(3)乳製品はダメ
(4)刺激物はもちろんダメ
(5)生野菜は食べない
(6)アルコールは極力控える
(7)食べたら3時間は寝ない
正直、この7つを読んだだけで「自分にはムリムリムリ~」と思っていたのだが、先日、著者である藤村さんが「食生活改善レシピ講座」を開催していたのでお邪魔してみたところ、少し考えが変わった。
だって、すごく楽しそうだから。
食への喜びと食材への感謝に満ち満ちているのだ。
何より「食べることが好き」という根本の部分は共鳴できるものだし、上記の7つのルールにしてもストイックになりすぎることもなく、病気が改善した今ではお肉や揚げ物を食べることもあるんだとか。実際、レシピ本の中にはハンバーガーやカレー、焼きそばなどの男の子レシピも登場し、実においしそう。
先ほど「闘病記」とは書いたけれど、ちゃんとレシピ本としても本書は役に立つ。その最大のポイントは「作りおき」の精神。
週に一度届く宅配野菜をその日のうちにまとめて5日分調理。あとはそれをメインとしながら、毎日30分の調理で食事ごとに9皿ものおかずを並べているという。
「作りおき」がベースでもそんなことができるんだ、というのは驚かされるし大いに励まされる。
「作りおき」でイメージするのは、大鍋でカレーをどっさり、や、余った野菜で野菜炒めこんもり、といった単品メニューなのだが、藤村さんのレシピ術にかかれば上手なやりくりと工夫で、様々なおかずに姿を変えていく。
同時に、そのレシピがどれも簡単で時間がかからない工夫が施されている。
《カクテルはベースが変わるだけで、レシピは共通するものが多い。しかも、味わいは多彩。料理も同じように、同じレシピでも ベースを変えれば味わいも変わるのでは?》
という発想から、調味料の分量や工程をいくつかのパターンにまとめてくれている。これが実にありがたい。
例えばキンピラのたれであれば「砂糖:大さじ1、水:大さじ1、醤油:大さじ1」ってすごくわかりやすい! これひとつ覚えればごぼうのキンピラも、蓮根とこんにゃくのキンピラも、ゴーヤやししとうなどの変わり種キンピラもOK。
そんな風に、ごま和えの衣なら分量はこれこれ、白和えの衣なら分量はこれこれ、とまとめられている。ごま和え・白和えの衣類も冷蔵庫で3、4日は日持ちするそうなので、まとめて作っておけば食べる直前に食材とあえるだけ。実に簡単で、時間の節約もできるのだ。
またこのレシピ本のもうひとつの魅力は表紙にも登場する小皿の数々。こんな皿が毎食テーブルに並べば、そりゃあ楽しいだろうなぁとワクワクしてしまう。藤村さん曰く、この食生活を実践するにあたって、まず始めたのが食器集めだったというから納得。
(1)作りおきで品数を増やす
(2)短時間で手早く
(3)視覚的、食感的に満足感を
(4)素材の力を生かす
(5)固定観念をなくす
これは、レシピ本を読まずとも誰でも始められる楽しくおいしい食卓の極意だろう。
病気は薬で治すもの、という固定観念にしばられることなく、生活習慣病なんだから食生活を変えよう! と実践して病を克服した男の言葉だけに、実に説得力がある。さっそく実践してみたい。
(オグマナオト)