麦田の告白、失敗!
麦田(佐藤健)の告白は失敗に終わる。亜希子の心には、亡くなった夫・良一(竹野内豊)がいた。出会いは「契約結婚」だったが、いつしかふたりの心は通い合い、本物の夫婦になった。麦田への「みゆきの父ちゃん、ヤバいくらいイケメンだったんすよ」という大樹(井之脇海)のフォローが優しい。まぁ、竹野内豊はヤバいくらいイケメンだしね……。
そんな麦田に父の誠(宇梶剛士)からレシピノートが届く。そこには大きく「愛を知ること」と書かれていた。父のレシピの真似にこだわっていた麦田のパンは、客にまったく届かなかったが、パンに対する「思い入れ」も持つことで、客足も大きく伸びるようになった。その根っこの部分には、パンへの、客への、そして亜希子への愛があった。
レシピノートのくだりは原作どおりなんだけど、どうせなら第9話のラストに持ってきたほうが泣けたと思う。それにしても、フラれてもみゆきへの優しさを忘れないところとか、常に亜希子のやりたいことを尊重するところとか、本当に麦田はいい男だなぁ、と思う。ただし、「退職金」のデコチューは佐藤健だから許されることだ。

私に嘘つくじゃないですか!
みゆきの大学受験が迫っていた。亜希子はみゆきのサポートに力を入れるが、受験当日、笠原(浅野和之)の前で倒れてしまう。
「だって、みんなこういうとき、私に嘘つくじゃないですか!」
ハッとするセリフだった。たしかに、良一のときも骨折とか言われてたよね……。亜希子が笠原と会っていたのは、新進の経営コンサルティング会社からスカウトされたためだった。しかし、勤務地は大阪。みゆきと一緒にいたい亜希子は申し出を断る。ところが、その話を耳にしたみゆきは意外な行動に出る。合格していた第一志望に落ちたと嘘をつき、その後の試験もことごとく落ちるように仕向けていた。
「私が大学行かないでする後悔より、この話を蹴ってするお母さんがする後悔のほうが大きいっていうか」
みゆきは笠原にこう言っていた。妻が仕事に専念できるようにするため、自分が退職しようとした良一とよく似ていると懐かしげに振り返る笠原。しかし、家に届いた合格通知書からみゆきの嘘を知った亜希子は笠原に感情を露わにする。
「私はみゆきの考えはどこか他人行儀に思えます。そう思ってしまうのは私の負い目なのでしょうか。私が本当の親なら、果たしてみゆきはそんな異様な気遣いをするでしょうか? 私はそれが悔しいんです!」
亜希子は子どもだったみゆきを思って「骨折」という嘘をついた。みゆきは亜希子のことを思って「大学受験失敗」という嘘をついた。相手を思いやる気持ちは一緒だ。
亜希子とみゆきの10年間
ついに亜希子はみゆきと直接対峙する。先に本音を吐露したのはみゆきの方だった。
「人生なんていつ終わるかわかんないじゃん、って言ってんの。お母さんだって年もとるし、いつかは死ぬときが来るんだよ。これから時間はどんどん短くなるんだよ。だったらやりたいことやってほしいって思うじゃん。これ以上、私のためにばっか時間使わないで、って思うじゃん。私、もうお母さんから時間をとりあげたくないんだよ!」
みゆきはたしかに良一の子だ。
亜希子は小学3年生のときに両親を事故で亡くしていた。「誰にも頼らず自分ひとりで生きていけるようにならないといけないよ」と育ててくれた祖母も中学のときに亡くなり、施設に引き取られた亜希子は「ひとりで生きていけるように」猛勉強した。
高卒の一般職で商事会社に入社し、「秀吉のごとく」自分をアピールしまくって出世コースに乗った亜希子。男社会の商社で高卒の一般職女性が出世するなんて、どれだけ過酷だったことか想像もできない。そりゃ、腹踊りも土下座もするよね……。満ち足りた日々だったが、いつしか心に穴が空いているような感覚に襲われることがあった。そんなとき、死期を悟った良一から契約結婚をオファーされたのだ。
「生意気で、強がりで、可愛すぎて、はじめは娘だなんて思えませんでしたが、良一さんに心配をかけまいとして我慢しているあなたを見て、思ったんです。この子は私なんだって」
幼い頃に両親を亡くして、気丈にひとりで頑張ってきた亜希子。大好きだった母を亡くし、そして優しい父親も亡くしたのに、通夜の日にひとりで皿を洗っていたみゆき。
固かった亜希子の表情が、語りながら和らいでいく。たくさんの幸せな思い出が脳裏に浮かんでいるからだ。綾瀬はるかの演技力はミリ単位でチューニングされているが、これみよがしに正面から撮るのではなく、常に肩越しのショットでみゆきの存在を視聴者に意識させる。これはふたりの物語なのだから。
「そういうのね、世間じゃ愛っていうんだよ」
「この子を安心させてやりたいと思いました。思いきりわがままを言える場所を与えてやりたい。私がほしかったものを全部この子にあげたい。そのうちに、あなたが笑えば、私まで笑っているような気になりました。あなたが傷つけられると自分が傷つけられたかのような怒りを覚えました。あなたが褒められると、まるで自分が褒められたかのように舞い上がり。私はあなたと自分を混同した状態に至りました」
「要するに、あなたを育てると口で言いながら、私はその実、満たされなかった自分を憐れみ、育て直していたんです。
亜希子は自嘲するかのように言うが、亜希子の言っていることは多くの親が子どもに対して感じていることだ。最初は自分の子という実感がわかなくても、だんだん愛情が増していき、やがて人は母になり、父になる。血のつながりがあっても、なくても、一緒のことだ。
「そういうの、そういうのね、世間じゃ愛っていうんだよ」
みゆきは亜希子の愛をしっかりと受け止めていた。良一は生きることをあきらめかけていたが、亜希子とみゆきのために精一杯生きようとした。亜希子は仕事をなげうって、みゆきのために生きてきた。みゆきは今、亜希子のために生きようとしている。麦田は他人のためにパンをつくることに目覚め、みゆきを支え続けてきた大樹は人を助ける創薬の仕事をしようとしている。『義母と娘のブルース』は「人のために生きる」人たちがお互いに相手と絆を築くドラマだった。なお、このセリフはほぼ原作どおり。
「私、自分で子どもを産まなくて良かったです。
泣きながらみゆきと抱き合って言うこのセリフはドラマオリジナルのもの。脚本を担当した森下佳子の前作『おんな城主 直虎』で直虎が最終回に言うセリフ「あいにく子を持ったことはないもので、どの子も等しく我が子のように見えましてなぁ!」に通じているという視聴者の指摘があった。なるほど! みゆきが「そんなことないよ」とそっと添えることで、子を産まなかった人、子を産んだ人、どちらも肯定しているところが優しい。
『義母と娘のブルース』と『赤毛のアン』
晴美(奥貫薫)が言うように、親は親であり続けるが、子どもが独り立ちすれば、親の役割も変化する。「自分を混同していた」状態から離れ、自分の道を歩きながらお互いを思いやる段階に移行することになるのだ。つまり、親の子離れ、子の親離れ。
最初に出会った公園で、逆にみゆきから名刺を渡される亜希子。みゆきはベーカリー麦田でアルバイトすることになっていた。
その傍らで父親(迫田孝也)が亜希子そっくりの女の子(名前もアキコ)と自転車の練習をしていた。良一とみゆきが自転車の練習をしていた過去の光景と重なる。自転車は成長のメタファーだ。良一が亜希子とみゆき、それぞれの人生を後押ししているように見える。
「ようし、行け!」
亜希子とみゆきがそれぞれ別の方向に歩きはじめるところへ、みゆきのモノローグが重なる。
「別れなんて来ないほうがいいに決まってる。だけど……別れたからこそ、めぐりあえる人もいる。曲がらなかったはずの曲がり角を曲がると、歩かなかったはずの道がある。そこにはなかったはずの明日がある。その先には出会わなかったはずの小さな奇跡が」
このモノローグはモンゴメリの名作『赤毛のアン』に準拠していると思われる。同作のラストシーンには次のような言葉がある。
「今その道には、曲がり角があるの。曲がり角のむこうになにがあるか、今はわからないけど、きっとすばらしいものが待っていると信じることにしたわ。それに道が曲がっているというのも、またなかなかいいものよ、マリラ。あの角を曲がったら、その先はどうなっているんだろうって思うもの」(講談社文庫/掛川恭子訳)
『義母と娘のブルース』の原作者・桜沢鈴は、亜希子のモデルを「『アルプスの少女ハイジ』に出てくるクララの教育係、ロッテンマイヤーさんと、『赤毛のアン』のアンを孤児院から引き取って育てるマリラさん」と明かしている(『女性自身』9月3日)。ひっつめ髪で仕事をバリバリこなす厳格なマリラは、手違いでやってきた孤児のアンを育てるうちに、いつしか深い愛情を抱くようになる。
自分を育ててくれたマリラの兄で寡黙なマシューが亡くなり、マリラが目を患ったことによって、アンは大学進学を諦めて地元の学校で教鞭をとる道を選ぶ。そのときのたとえが「曲がり角」だった。『義母と娘のブルース』の最終話は『赤毛のアン』のラストシーンを現代風にバージョンアップしたものと言えるかもしれない。
人生にはいろいろな曲がり角がある。大切な人との悲しい別れという曲がり角もある。何かをあきらめなければいけないという曲がり角もある。だけど、曲がり角を曲がったときに、思わぬ素晴らしいものが待っている可能性だってある。人生は悲しみばかりじゃない。
最後は亜希子の盛大なドジで終わる。もともと亜希子は『家政婦のミタ』の三田灯や『女王の教室』の阿久津真矢のようなパーフェクトな女性ではなく、ドジだらけ、欠点だらけの女性だったから違和感はない。亜希子が買った不思議な切符は、良一が愛した「小さな奇跡」で満ちていた。
人との出会いも小さな奇跡だ。笑いを絶やさず、小さな奇跡を大切にして生きていきていけば、圧倒的な悲しみだって跳ね返していける。そんなことを思わせる、ふんわりとした陽だまりのようなドラマだったと思う。
(大山くまお)
【作品データ】
『義母と娘のブルース』
原作:桜沢鈴『義母と娘のブルース』
脚本:森下佳子
音楽:高見優、信澤宣明
演出:平川雄一朗、中前勇児
プロデュース:飯田和孝、中井芳彦、大形美佑葵
※各話、放送後にTVerにて配信