植芝理一のマンガ『謎の彼女X』はアニメ化され、話題になりました。
童貞力を回復する奇跡のアニメ「謎の彼女X」(エキサイトレビュー) - エキサイトニュース
フェティッシュなエロティシズムが矢継ぎ早に繰り出されるすごい作品です。

よだれ イズ ジャスティス
でもドエロいかというと、そうではないんですよ。直接的ではなく、間接的。
だからこそフェティッシュでエロティック。
 
その作者の原点とも言える作品『ディスコミュニケーション』の新装版が発売されました。
待ちに待った新装版です!
第一巻が発売されたのが1992年。12巻+学園編1巻+精霊編3巻の長編作品なのですが、今まで再版されておらず、『夢使い』アニメ化の際以降全く手に入らず、中古でもプレミア化して高騰する一方という、大変入手困難な本でした。


「謎の彼女X見始めたけど、面白いよなー!」という人には「是非ディスコミ(ディスコミュニケーションの略)を、ディスコミをよんでほしい!」といつも言いたかったんデス!
でも売ってないものを読めと言っても読めるわけがないんですよ。
『謎の彼女X』が好きな人なら、92年とだいぶ古い作品ではあるけれども、『ディスコミ』を好きになる、と言える。胸を張って言える。
『謎の彼女X』の根幹にあるテーマの全てが、『ディスコミ』にはあるから。
きれいに理路整然とまとめると『謎の彼女X』に、脳をそのままぶちまけると『ディスコミ』になる。そう思っています。


この作品、色々な点で変わっているとしか思えないもののオンパレードでした。
まずリアルなところからいくと、ヒロインの戸川安里香。眼鏡がよく似合う、真面目そうな少女です。
彼女、処女じゃないです。
今の彼であり主人公の松笛篁臣とではなく、中学時代にコウサカという別に付き合っていた少年と体験済みなんです。
当時は衝撃でしたね。

真面目で眼鏡で地味なヒロイン、といえば……みたいなのがあったのに、性体験済みだと!?
でもこの設定すごく重要なんです。
このマンガはなぜ好きになるのか、そしてわからないから好きになるという大きなテーマを抱えて、宗教観あふれる壮大なバトルや、ごく身近な出来事の悩みや苦しみを解いていく、縦横無尽な物語。
その中において性交渉はさほど重要じゃないことを最初に打ち出してしまっているんです。

主人公である松笛篁臣を、戸川はとても好きです。でもベタぼれというよりも、わけわかんない人なんだけどなんだか惹かれて付いて行ってしまう、という感じ。
この松笛くんが極度に意味不明な人間で、戸川に色々な要求をしてきます。

これが性的なのかなんなのかわからないんです。
一番らしいのは、涙を飲ませて欲しいというもの。これは『謎の彼女X』にも通じるものがあります。
しかし、「たくあんをかじる音を聞かせて欲しい」とか「足をくすぐらせてほしい」とか「ビニール袋をお互いかぶってごそごそしたい」とか、なんだかわかんないんですよ。理由もどこにも描かれません。
逆に、お互いの血を舐めた時に不思議な物が見えたり、ずっと目隠しをしていたら巨大な太陽が見えたりなど、通常ではありえない体験を次々とします。

戸川は基本的にこれに振り回されることになるんですが、同時に「私が松笛くんを好きになったってことは、私が松笛くんの謎を解かなきゃいけない人間だということなのよ」という信念を持っています。
その後本当にわけのわからない壮絶な出来事に巻き込まれることもあれば、どーでもいい日常でダラダラ過ごすこともあるのですが、これが徹頭徹尾の芯になっているので、不可思議なんですが読みやすい。
言うなれば「謎の彼氏X」です。

そして、これが一番の見所だと思いますが、植芝理一作品は一つのコマの書き込みが変質的と言えるほど、ぎっちりオブジェを詰め込んで描かれています。
今回出た『新装版ディスコミュニケーション冥界編一巻』なんかは、宗教グッズがみっちり描かれていて、得体のしれないコマのオンパレード。
これが巻を重ねるごとに、出てくるアイテムがひっちゃかめっちゃかになっていきます。

なぜここまで一つのコマに詰め込むの!?ってくらい詰め込みまくり。見ているだけで、別世界にいるような感覚に陥ります。
好きなモノを集めたおもちゃ箱でもあり、記憶の断片の集合体でもあり、フェチズムの集結でもあり。
「昔から教科書やノートに落書きするのが好きで「これを生かす手はないものか」と、ノートの落書きをにらみながら、漫画賞の応募を思い切ったのが1年半前でした。」
これは1992年に刊行された『ディスコミュニケーション』一巻のあとがき。
隅から隅までぎっちりと描かれた、作者いわく「落書き」の世界。幾度と無く、書き込みは「趣味」と述べています。
ただこういう落書きほど、無意識の具現化でもある。
『ディスコミュニケーション』は、人の自我、無意識、夢、フェチズム、恐怖、そして恋愛を形にするために、とにかくガリガリ描いて描いて、描きまくっているんです。
今の『謎の彼女X』ではそこが洗練されて、恋愛、女の子の不思議、という一点に絞られているので非常にシンプルにまとまっていますが、まとめないでぶちまけるとこうなる、という摩訶不思議なコマだらけ。
『ディスコミ』『夢使い』ともに、作者がそれを楽しんで描いているのほのめかされています。
特に作者は80年台・90年台テクノポップに通じておりネタが満載。特にYMOネタはこの作品の根幹になっています。
この雑多感は、今はないので是非見ていただきたい。

他にも、今流行の男の娘ネタをいち早く取り入れていたり、チェルノブイリ原発事故の話が使われていたり(1986年)、校舎に犬の生首がぶら下がっているという生々しい事件が起きていたりと、新装版は一巻からかっ飛ばしています。
元の単行本の1から3巻の途中にあたるこの新装版。本文内容に大きな変化はありませんが、裏表紙やイラストカットも載っていますし、植芝理一の回顧コラム、連載時の作者近況コメントなども全て網羅されていますので、既に持っている人もマストバイです。
逆に、単行本に載っていた3巻の「Follow of Discommunication」という、植芝理一デビューまでの流れ解説マンガはカットされていますので、慌てて単行本を売り払ったりしまいませぬよう。
 
今回は「冥界編」となっていますが、『ディスコミ』は冥界編・学園編・内宇宙編、『ディスコミュニケーション学園編』『ディスコミュニケーション精霊編』とたくさんあります。
加えて、実は82話から84話までが今までの単行本未収録のままでした。
さて、これを今後全て収録してくれるか!?
おねがいしますよ、講談社さん!


植芝理一 『新装版 ディスコミュニケーション 冥界編』一巻

(たまごまご)