核戦争によってボロボロに荒野で、生き残ったわずかな人々が燃料や食料を奪い合う、いわゆるポストアポカリプスな世界を描いた漫画『北斗の拳』。弱肉強食、血も涙も未来も無いような世界だ。


今現在、この世界にそのような場所がある。「リアル北斗の拳」と呼ばれる国、ソマリアだ

ソマリアでは内戦が続き、「三国志状態」だという。無政府状態の地域も多く、源平合戦のように氏族同士の争いが絶えず、国連などでも認められていない「自称国家」「勝手に独立を宣言してる国家」などが群雄割拠してる。

・自衛隊派遣でもおなじみの「海賊国家プントランド」エリア

・激しい「北斗の拳状態」が続く「南部ソマリア」エリア

・その他境界線がはっきりしない小さな独立エリアやイスラム過激派など

が互いにひしめく中、奇跡的に平和を維持している幻の国「ソマリランド」という地域があるという。そのソマリランドやプントランド、南部ソマリアに日本人・高野秀行が複数回潜入、滞在し、ありったけの体験をしてレポートした本が『謎の独立国家ソマリランド』だ。
500ページを超えるスーパードキュメント。

「天空の城ラピュタ」のラピュタような幻の存在、ソマリランドを知った彼は、どうしてもソマリランドに行きたくなる。だけどどうやって?っていうか実在するのか?

本書はそんな彼が手がかりゼロの状態、ウィキペディアでソマリランドを検索する所から始まる。

世の中には国境も秩序も無いような地域がたくさんある。独裁政治が行われていたり、イカサマ選挙が行われ、その結果に反発した暴動が起こり、暗殺が絶えない地域の数々。それが良いか悪いかは別として、たくさんある。


そんな混沌とした地域の奥地にあるというソマリランドになんか、どうやって行くのか。飛行機で行くにしても、どの空港を乗り継いでどこで降り、ビザはどこのビザを取るのか?

ダメ元で検索窓に「ソマリランド共和国」と入力した彼の前にはなんと、「ようこそ、ソマリランドへ!」と書かれたホームページが!出発前なのに、すでに奇跡が!

と、喜んだのも束の間、肝心な手続きなどはほとんどできず、結局知り合いなどを駆使してソマリランドに潜入することになる…。

イスラム教徒の多い砂漠、周りは戦争状態にも関わらず、銃を持つ人も少ないというソマリランド。インフレを起こしたまま新しい紙幣を印刷していないので人々はごろごろと大量の札束で買い物をし、昼間っから人々は麻薬植物「カート」で楽しくなっちゃって…僕らの常識を超える世界が、次々に伝わって来る文章が魅力的。

基本的に出来事が起こった順、旅をしていった順番に書かれているので、次々気になって読めてしまう。

伝説によると、「各氏族の長老たちが、一本の木に集まって話し合いをしてソマリランド和平を実現させた」という。
他国の介入やイスラム過激派がわんさかいる地帯で、そんなことはあるはずないのだが、ではなぜ結界を作ったようにここだけ平和なのか?この国の収入源は?海賊国家プントランドとの関係は?次々と謎が暴かれていく。

漫画みたいな話の連続だが、どれも21世紀現在の地球で、僕らと同じ日本人が体験して来た話。冷静さや知性を充分に持ちつつも、「やばい!おもしろすぎる!」っていう好奇心のノリでぐいぐいと危険地帯に踏み込んでいく。だから難しいこと抜きで読めるのに、イスラム社会や内戦状態の国についてのさまざまな知識がちりばめられているのが最高。

「リアル北斗の拳」の世界に行って、生きて帰って来た日本人の数年分の話が、読める本。もうそれだけで「買い」だ。
(香山哲)