いかにも下北沢辺りにありそうなカフェで歌っているカーミィの頭の中は、将来への夢でいっぱいだった。自身がボーカルを務めるバンド「カーミィ&スモールサークルフレンズ」のヴィジュアルとサウンドを、より60年代に特化させる。
ボーカルスタイルもウィスパーボイスに変えていく。ようするにピチカートファイブまんまなわけだが、そこに“テン年代の”と付ければなんとなくカッコよく感じられてしまう。一周まわってアリだよねと。

カーミィの夢は果てしなくふくらむ。オリジナル曲でCDデビューし、音楽雑誌に2万字インタビューが掲載され、有名ミュージシャンにプロデュースしてもらい、アパレルのCMソングに抜擢される。いずれは自身のファッションブランドを立ち上げ、雑誌には連載コラムをいくつも持つ。


「なんていうか…『カーミィ』という職業? みたいな?」

ひっぱたいてやりたくなるようなことを言うカーミィ(本名:藤島美津華)だが、現状では音楽だけで生活できるはずもなく、光回線のテレアポ職で食いつないでいる。そんな職場の後輩女子がエイベックスのオーディションで最終審査に残ったことを聞き、激しく焦るカーミィ。負けたくない。なんとしても有名になりたい。そのためなら手段は選ばない……。

カーミィは、同級生だったコージが自分を好いているのは知っているが、ラーメン屋のバイトでは何の得にもならないので相手にしない。
バンドのギタリストとは肉体関係にある仲だが、中出しするくせに自分のためのオリジナル曲を作ってくれる気配もないので、そろそろ関係を断ち切ろうと思っている。

ひょんなキッカケで、インディレーベルの社長とお近づきになったカーミィ。なんとしてもデビューさせてもらおうと、あっさりホテルへ直行。イケメンだし、この程度のことはなんでもない。だが、ひとしきり行為が終わったあと、イケメン社長さんからとんでもないお願いをされる。

「ションベンかけてもいい…?」

さすがのカーミィも悩みはしたが、それでデビューへの道が開けるならと、仕方なく首を縦に振る。
そして、その報酬として与えられた仕事というのが、カフェでよくかかっているJ-POPのボサノヴァカバー・アルバムの1曲だった。その打ち合わせと称して、またホテルへ誘うションベン社長。

こうしてどんどんアンモニア臭くなっていくカーミィに、ひとつの変化があらわれる。突然の吐き気。そんなにお酒を飲んだわけじゃないのに。思い当たることはただひとつ。
中出しギタリストの奴……。

こんな大切なときに! これからというときに! カーミィの夢はどうなってしまうのか──。


というのが、コラムニストにしてマンガも描く渋谷直角の最新刊、『カフェでよくかかってるJ-POPのボサノヴァカバーを歌う女の一生』のストーリィだ。一冊丸ごとネタバレしちゃったのかよ! と怒るなかれ。これはあくまでも表題作の概要であって、この程度の紹介で本作の魅力が損なわれることはない。

表題作の他に、こういういかにもいまどきの都会にいそうな若者の人生が4篇、収録されている。
各作品のタイトル(どれもいちいち長い)を並べるので、そこからそれぞれの人生を想像してほしい。

『ダウンタウン以外の芸人を基本認めていないお笑いマニアの楽園』
『空の写真とバンプオブチキンの歌詞ばかりアップするブロガーの恋』
『口の上手い売れっ子ライター/編集者に仕事も女もぜんぶ持ってかれる漫画』
『テレビブロスを読む女の25年』

日本のあちこちで「あい痛たたたた……」の声が聞こえてくるようだ。

一連の「カフェボサ」シリーズは、タイトル勝ちでもあると思う。タイトルの無駄な長さが描かれる人生のありようを表現していると同時に、作者の対象への距離感をもあらわしている。渋谷直角はこのアイデアを閃いた瞬間「やった!」と思ったに違いない。たとえば泉昌之(マンガ家泉晴紀と原作者久住昌之のユニット)が、日常のどうでもいいこだわりを劇画調の絵で表現するというスタイルで新しいマンガの鉱脈を見つけたように、渋谷直角もまた、このスタイルで鉱脈を見つけたのだ。


この作品集、元々は作者の自費出版から生まれたものなのだが、その経緯については「あとがき」にすべて書かれているので、詳しく知りたい方はそれを読んでほしい。とにかく「人生いろいろ」だ。
(とみさわ昭仁)