ひとしきり、釣りや野球なんかの話をして、「遅くてすいません」とこちらにペコリと頭を下げ、「さて、再開しますか。再開ブルース!」と言ってまた握り始める。
はて? 再開ブルースとはなにかしら? とネットで調べたところ、内山田洋とクール・ファイブというグループの曲、『西海ブルース』のことだった。オヤジギャグだなぁ、と思っていたところで、この本を見つけた。
ポプラ社より発売されている『ことわざおじさん』だ。誰もが耳にしたことのあることわざを著者の山口タオさんがパロディ化したものが、81語も収録されている。
ページを開くと、最初に書かれているのはこのことわざだ。
◆「犬も一日中歩けばぼーっとする」→意味:体力にも限界(著者コメント、以下同じ)
(本来:犬も歩けば棒に当たる)
うーん……なんとも言えない。体力の衰えたおじさんの悲哀に満ちたつぶやきに聞こえる。
ページをめくっていくと、こんなことわざも見つけた。
◆「むかし盗った記念通貨」→意味:青春の苦い思い出
(本来:むかし取った杵柄)
私が小学生の時分、長野オリンピックの開催を記念して発行された500円通貨を姉が所有しており、罪の意識を感じつつも誘惑に負け、お祭りの屋台で遣ってしまったことがある。
パロディ化されたことわざから昔の嫌な記憶が甦る。おそるべし、ことわざおじさん。
◆「一万去って、また一万」→意味:「おじいちゃん、お年玉」「わたしも」「ぼくも」
(本来:一難去ってまた一難)
◆「小三は子どもでもビリだと辛い」→意味:ああ、運動会でトラウマに
(本来:山椒は小粒でもぴりりと辛い)
このあたりは読んでいると、辛い思い出が甦ってくる方もいるのではないだろうかと思う。
オヤジギャグとしては笑えない、酸いも甘いも経験した者だけが発することのできるものだろう。
本書を刊行するに至った経緯を担当編集者の浅井さんに伺ってみた。
「著者の山口さんから企画をご提案いただいたとき、『笑い』と、その後にくる何ともいえない『寒さ』に引っかかりを感じたからです。『笑い』だけじゃない、必ず『さむーい』感じが残る。これが『オヤジギャグ』か、と思いました。実際に著者とやりとりを始めると、こちらが『もう大丈夫です』と言っても、毎日新しいパロディが送られてくる。最終的にはそれで根負けした形です(笑)」
オヤジギャグは一度放つと止められないのだろうか。ページをめくると、これでもか!これでもか!とオヤジギャグが続く。
◆「マイケルが家事」→意味:アメリカ人主夫
(本来:負けるが勝ち)
◆「ミゲルが家事」→意味:ドイツ人主夫
(本来:逃げるが勝ち)
上記の2つは別々のことわざだが、連作のようになっており、またページをめくると、
◆「猫をしゃぶる」→意味:偏愛
(本来:猫をかぶる)
◆「猫をがぶる」→意味:これも偏愛
(本来:猫をかぶる)
こんな風に1つのことわざでも、いくつものギャグとなって放たれる。
また、ことわざに添えられている下杉正子さんのイラストがとてもいい味を出している。「猫をがぶる」では、ふんどし姿の男性が自分よりも大きな猫に喰らいついており、猫が負けじとキバを剥き出して応戦する様子がゆるい絵で表現されている。
下杉さんのイラストを選ばれた理由は何だったのだろうか?さらに浅井さんへ伺ってみた。
「人肌感というか温かみがあること、そして多少「ぶっ飛んでる」イラストを、ということで装丁の鈴木成一さんと話し合って決めました。下杉さんは大変似顔絵がお上手なので、今回も誰かを登場させてください、とお願いしました」
そういえば、前述の「マイケルが家事」ではマイケル・ジャクソンが描かれていた。よくよく見てみると「相棒」の杉下右京(水谷豊)や、たこ八郎、プーチン大統領も描かれており、ことわざだけでなくイラストでも楽しめる。
読み始めると、乾いた笑いが漏れるのだが、ページをめくるごとに薄ら寒いギャグやゆるいイラストがクセになってくる。
ひと通り読み終えると、表紙に描かれたおじさんが「どう?面白いでしょ?もっと聞く?」と言っているように見える。
これを読めば、おじさんはネタが広がり、若者はもっとおじさんと話をしたくなるかもしれない。
(薄井恭子/boox)