語り手は、日常会話における身体動作が専門の滋賀県立大学教授・細馬宏通さん。
“「あまちゃん」はここまで掘れる!
「あの事に気づいたのは細馬さんが初めて。
驚きました」井上剛(NHKディレクター・「あまちゃん」チーフ演出)”
昨年12月に出た細馬宏通著『今日の「あまちゃん」から』の帯文だ。
“あの事”とは、ヒロインのアキ(能年玲奈)が海に飛び込むときに、停止線のSTOPの文字が、わざとかすれてSTEPにも読めるようにしてあったこと。
ディレクターがデザイナーに指示したことが、本書の細馬×井上対談で明らかにされている。
『今日の「あまちゃん」から』が他のあまちゃん関連本と違うのは、他の作品との比較、モデルとなった場所、コネタなどの周辺情報に触れず、音や人物の動き、カメラワークなど、「見て、目に映るもの、聞こえるもの」に特化して分析しているところだ。
今回のイベントでは、脚本に書かれていない部分にスポットを当て、水口琢磨(松田龍平)の登場シーンと紅白が解説された。
例えば第93回。
アイドルを目指して上京したものの、失意のうちに北三陸に戻り、引きこもるアキ。彼女は東京から駆けつけたマネージャーの水口に請われ、留守電を水口本人の前で聞く。
「ここ数日、君のことを考えてる」
カメラがアキの表情を映しても、水口の声は電話ボイスに切り替わらない。肉声のままだ。なぜか。
「僕はずっとユイちゃん派というか、ユイちゃんをセンターに抜擢しようとして来た。でも、そ」(ピー)。
アキは怪訝な顔で視線を動かす。
「そんな、見るなよ」水口は顔をそらす。
つまり、言いかけて留守電が切れた「そ」の続きを、眼前の水口が別のセリフとして作りかえて口にする。
ぼくらは留守電を吹き込んでる水口とこの水口が、地続きになってるかのような気分になるわけです、と細馬さんは語る。
2人が見つめ合うなか、水口の肉声は続く。
「そんな逆風のなかで君は4ヶ月かけて自分の位置を獲得した」
「訛ってるけど、40位だけど、最下位だけど」(ピー)「それがどうした! 水口です。それがどうした! 誰が何と言おうと、君の代わりは君しかいないんだよ」
水口がアイドルグループの仲間達に電話を替わると、声は電話ボイスに切り替わる。水口だけが特別扱いだ。ところが、アキと喧嘩中のユイ(橋本愛)がやってきて、アキは作業小屋に立てこもってしまう。
水口にほだされて東京に戻りますってならないところが、宮藤さんらしいですねー、と細馬さんが言うと、会場に笑いがおこった。
続く94回。
「やっぱユイちゃんじゃねえどダメみでえだな」
やりとりを中断された水口に追い打ちをかけるように、一部始終を見ていた漁業協同組合・組合長(でんでん)がぼそり。
水口は、天野家でアキの家族と話し「11時の新幹線に乗らないと」と立ち上がる。
彼が玄関の戸を開くと、天野家の向かいにある作業小屋が見える。作業小屋の戸も開いていて、中には誰もいなくなっている。台所から、居間、囲炉裏端、玄関、外、作業小屋の戸、作業小屋内と縦に長く映し出されている。
次の瞬間、アキとユイが自転車で浜に向かって一気に坂を駆け下りるシーンが展開される。アキとユイが仲直りをしたとわかる。
続いて、水口が去ったときと同じ構図で、アキが天野家に駆け込み、祖母の夏ばっぱ(宮本信子)に告げる。
「オラ、やっぱり東京さ行ぐ!」
水口が座っていたあたりを歩き回り「えー、ママは?」と言う。母親を探す動きとセリフが、同時に水口の不在も示している。
映像が脚本とは別の論理を示している、と細馬さんは表現した。
この週は、アキが引きこもっていくプロセスを描き、動きのない映像が続いていた。そこに水口が奥行きをもたらして、アキとユイが一直線に駆け下りるシーンへと繋がる。水口が、本人の知らない間に大きな役割を果たしているのだ。
「あまちゃん」では、キャラクターを立たせるだけでなく、物語を感じさせる演出がされている。前述のSTEPやこのカメラワークのように、視聴者に考える余地を与えるような映像が作られている。
なぜ物語を大事にしたのか。演出が最終的に伝えたかったものとはなんだろうか?
紅白では、ステージの大画面でドラマのオープニング映像が流れ「「第157回 おら、紅白出るど」のテロップが出た。オープニングの走る北三陸鉄道が、急にアニメーションに切り替わる。鉄拳の描くパラパラ漫画で、ユイが上京するまでの過程が描かれ、NHKホールの裏口についたところで現実の映像にまた切り替わる。
ここでひとつ、ドラマの最終回で、アキとユイの未来はどこにあったかを思い出してみましょう、『今日の「あまちゃん」から』の表紙を見てください、と細馬さんが本を出す。
青木俊直さんの描いたアキとユイが、トンネルの向こうへと駆け出している。
最終回。
アキ「今はここまでだけど、来年になったら、こっから先にも行げるんだ」
紅白のアニメーションで北三陸鉄道が走ったのはあのトンネルだった。最終回から時が経ち、復興がさらに進んだことを伝えていた。現実とシンクロし、近過去を描いていた「あまちゃん」が、「今の私たちの時間」に着地した。
(与儀明子)