「怠け者のクズ」
「働く気がないなら、食べるな」
「わがまま言わず、我慢して働け」

しばしばこんな言葉を投げつけられる彼ら───「ニート」や「ひきこもり」たち。
就労意欲が皆無で、家族以外と会話せず、一日中家に閉じこもり、ゲームやネットに没頭……そんなイメージが浸透している。


しかし、『無業社会 働くことができない若者たちの未来』によれば、これらは極端なケースであるという。
著者のひとり工藤啓は、若者の就労支援などを行う「NPO法人育て上げネット」の理事長。共著者の西田亮介は、情報社会論と公共政策学を専門とする社会学者だ。
ふたりは昨年10月に、若年無業者2000人超への調査結果をまとめた『若年無業者白書 その実態と社会経済構造分析』【Kindle版】を自費出版で上梓している。

本書における若年無業者は、以下の3点を満たす個人を指す。
(1)大学などの学校及び予備校・専修学校に通学していない
(2)配偶者のいない独身者
(3)ふだん収入を伴う仕事をしていない15歳以上35歳未満

さらに3つの類型に分類できる。

(a)就業を希望し、求職活動を行っている「求職型」
(b)就業を希望しながら、求職活動をしていない「非求職型」
(c)就業希望を表明していない「非希望型」

特に「非希望型」は「親のすねをかじり、家でごろごろしているだけ」「口ばっかりで、世間の厳しさをしらない」「ニートは甘え!」と、メディアやネットなどで批難の対象となりがちである。
だが、著者らの調査によれば、若年無業者の75.5%が何らかの職歴を持っているようだ。
「非希望型」ですら、19.5%が正社員として、35.8%が非正規としての働いたことがある。最後に働いていた職場に3年以上勤めていた人は31.2%、1年以上3年未満の人を足すと59.2%になるという。なお、若年無業者全体を見ると、1年以上就労していた人は7割を越している。

彼らが最初から働く気がなかったとは、必ずしも言えないだろう。


しかも、退職した理由の26.3%が心身の不調(『若年無業白書』)。さらに、内閣府『平成25年度版 子ども・若者白書』によれば、「非求職型」が求職活動をしていない理由は「病気・けがのため」が約30%でトップとなっており、他の選択肢よりも圧倒的に多い。
一方で、「希望する仕事がありそうにない」や「急いで仕事につく必要がない」と答えた人は10%前後である。

「怠け者・わがままイメージ」とのギャップ。著者らはこのように言う。
「『無業から抜け出したいのであれば、誰もが敬遠する業界や職場で働けばいい』という考えは安直だ。
人は機械ではない。それぞれに向き、不向きがあるからこそ、『マッチング』という言葉が求職者、採用希望者から頻出するのであり、無理をして就職をしても仕事を続けられない。そればかりか心身を壊してしまう可能性もある。」

僕の周囲にも、いわゆるニートの友だちが沢山いる。そのうちの何人かは、精神的にふさぎ込みがちになっている。
働きたかった。でも働けなかった。
すると働く希望が湧かなくなった。だから働きたくない。もう、どうしたらいいのか分からない。
彼らの口から「働かないって、気楽でいいよ」「自己責任でやってるから、文句言われたくないね」なんていう台詞を聞いたことは、一度もなかった。

本書でもよく似た実例が紹介されている。
都内中堅私立大学を卒業した男性(24歳)。
就職活動として在学中に60社、卒業後を含めると100社も受けたが、全て不採用。なんとか努力してきた就活を、ある日突然やめてしまったという。
「面接官も仕事なわけで、その時間も無駄になってしまう。誰かに迷惑をかけてしまうくらいであれば、私が就職活動をしないことで誰かの役に立つことになるのではないか。そのように考えるのはおかしいかもしれませんが、そのときはすごく納得のいく答えだったんです」

真面目すぎるほど考え込んで、鬱っぽくなり、無業状態となってしまった彼のような人々を放置しておくと、どうなるのだろうか。当人が食っていけなくて困るだけ。
そのような考え方は長期的に見ればナンセンスだ。

著者らは、厚生労働省が2012年に公開した「生活保護を受給し続けた場合と就業した場合の社会保障等に与える影響について」という資料を参照する。表現の適切さを欠くことを承知のうえで、ざっくりと説明したい。

前述の男性のケースで考えよう。
彼が25歳から就労した場合、社会保険料や税金等の納付額から、年金や医療費などの給付額を引いた金額として、社会は約6500万円を「受け取る」。
一方、生涯にわたり生活保護を受け続けた場合、社会は生活保護費として約8800万円を「支払う」ことになる。
つまり、25歳から生活保護を受給するのでなく、就労した場合、社会は合計約1億5300万円も「潤う」わけだ。
逆に言えば、無業者の放置は、これだけの社会負担になるということである。

この推計を見ると、気持ちが無業者や生活保護者へのバッシングに傾くかもしれない。だが著者らが主張するように、個人をどれだけ攻撃しようが、このままでは社会負担の増幅を止めることはできない。

新卒一括採用、終身雇用、年功序列型賃金に特徴づけられる日本の経済。高度経済成長が終わって約半世紀になろうとしている今、それらが健全に機能しているとは言い難い。
一歩踏み外せば無業者となり、十分な支援が受けられず、無業状態から抜け出しにくいのが現状だ。
リスクはみんなに存在する。突然クビになったり、体調が悪くなったり、事故にあったりする可能性は、誰にでもあるのだから。

「働くのが当たり前」という感覚が間違っているとは言わない。だけれども、その感覚と現実との間には、大きな齟齬があるように、僕には思える。

『無業社会』は、現場の実態を描き、分析することで、複雑な病理的構造を解きほぐそうとする試みだ。
それは「働くことができない若者たち」のなかにあるんじゃない。もっと大きなところで、今も絡まったままでいる。

(HK・吉岡命)