「アニメは100点を目指すものじゃない。80-70点くらいまで持ち上げて、60点、赤点にならないようにする。そういう意味では、『王立』のリテイク作業を経験していたことはとても大きかった。完成を目的にして、コントロールして、責任を取るのが監督の仕事です」
それでも、企画はすんなりとは進まない。
「あんまり言うと押井さんの悪口になっちゃうけど……」と言いながら、当時のOVA業界について語る。「トワイライトQ」(1987年)が2話で終了し、「OVAはもうダメだ」という空気があったのだという。
続くOVA「機動警察パトレイバー」は大ヒットしたものの、今度は「これまでOVAは4000万の予算を出してたけど、1250万でも作れるんじゃないか」という前例を作ってしまった。予算が少なく、しかも当時進行中の「パトレイバー」のほうが優先されている中で作った作った1巻(1話・2話)。
「初号試写に行けなかった。僕自身、あんまりうまく機能していなかったですね。5・6話で人に見せられるものになったと思う。『トップ』は僕の力じゃなくて、岡田斗司夫さんをはじめとする他の人の力で面白いものになりました」