『原爆を盗め!ー史上最も恐ろしい爆弾はこうしてつくられた』は、ニューヨーク州在住の作家スティーヴ・シャンキンによる、原爆製造の裏側を描いたノンフィクションだ。もともとはヤングアダルト(10代後半〜20代前半)向けに、アメリカで2012年に刊行されているこの本。若者向けだからって、舐めてはいけない。大人でも意外と知らないであろうエピソードも、少なくないのだから。
たとえば、核兵器開発競争の発端となる出来事は?と聞かれて、答えられるだろうか。
答えは、1938年12月にさかのぼる。ドイツの科学者オットー・ハーンは、衝突の力でウラン原子が2つに割れる現象を発見する。このニュースは、瞬く間に物理学の世界に広まる。優れた物理学者たちはみな、ある可能性に気づく。ウランは、分裂する際に膨大なエネルギーが放出される。つまり、〈核分裂を利用すれば、まったく新しい種類の爆薬がつくれる〉かもしれないのだ。
ドイツでは、すでに研究が進んでいるに違いない。ヒトラーに核兵器を持たせたら、大変なことになる。そうほのめかす、〈世界一有名な〉科学者アルバート・アインシュタインの手紙を読んだ、アメリカ大統領フランクリン・ルーズヴェルトは、1939年に「ウラン諮問委員会」を設置。1942年には陸軍主管の「マンハッタン計画」として、それまで検討してきた原子爆弾の製造計画が、実行に移される。ニューメキシコ州北部には研究所が秘密裡に建てられ、有能な科学者たちが次々と集められる。
作業を進める中で発生する、技術的な問題。敵国より先に完成させなければならないという、時間との戦い。科学者たちは知識を結集して、世界初の原爆製造という難題に立ち向かっていくのだったが…。
アメリカの核兵器開発の動きを察知して、意外な行動を取る国が現れる。それは、どこか?ドイツでも日本でもない。大国・ソビエト連邦だ。
第二次世界大戦で同じ陣営にいるとはいえ、ライバルに遅れを取りたくはないし、目前の敵ドイツが製造に成功すれば一巻の終わり。
〈盗むしかない〉。アメリカに潜入するソ連のスパイたちは、原爆製造の方法を入手しようと、マンハッタン計画に携わる共産主義者との接触を試みる。
果たして、任務は成功するか否か?
「プロジェクトX」を彷彿とさせる、科学者たちによる核兵器開発の物語。その裏で展開される、スパイ映画顔負けの謀略戦。手に汗握るおもしろさで、思わず科学者やスパイたちに感情移入し、応援さえしたくなる。
それだけに、〈核兵器のある世界〉に対する彼らの思いもまた、我が事のように生々しく感じられる。
1945年8月6日。アメリカ軍の爆撃機エノラ・ゲイは、広島に原子爆弾「リトルボーイ」を投下する。
7万棟の建物が破壊され、約7万人が死亡。さらに、けが・火傷・放射線被害などによって、10万人以上が亡くなっていくことになる。
それでも、無条件降伏の要求をなかなか受け入れない日本。
エノラ・ゲイのパイロット、ポール・ティベッツは任務を終えて、複雑な感情を抱く。
〈世界は二度と元に戻らないのだと気付いたとき、酔いが醒めるような思いがした〉。
「マンハッタン計画」の中心にいた物理学者ロバート・オッペンハイマーは、全力を注いで実現させた世界の現実を知り、悩む。
〈深い悲しみに沈み、自分たちはこれからどうすればいいのかと途方に暮れた〉。
しかし政治家たちは、第二次世界大戦後も核兵器の開発を推し進める。
〈ほかに道はない〉。
原爆を生み出した元凶とは?それは、アメリカの政治家でも軍人でも、科学者でもない。〈敵が自分たちより先に原子爆弾を手に入れたらどうなることか〉という、漠然とした恐怖こそが元凶なのだ。世界中の誰もがその不安に踊らされ、今現在も〈核兵器のある世界〉は続いている。この歴史の流れは本当にやむを得ない、抗いようのないものなのか?
冷戦期に、アメリカの原子力委員会の関係者はこう嘆く。
〈本当は、『ほかの道を見出すには才知が足りない』というべきなのに〉。
(藤井勉)