今年4月5日、広島市にある広島県物産陳列館、現在の「原爆ドーム」が1915年の完成から100年を迎えた。広島・長崎への原子爆弾投下からも70年が過ぎようとしている今、当時の被害を伝える被爆者の高齢化といった問題も出始めている。そんな中、意外な切り口から原爆の恐ろしさを伝える本が翻訳された。

『原爆を盗め!ー史上最も恐ろしい爆弾はこうしてつくられた』は、ニューヨーク州在住の作家スティーヴ・シャンキンによる、原爆製造の裏側を描いたノンフィクションだ。もともとはヤングアダルト(10代後半〜20代前半)向けに、アメリカで2012年に刊行されているこの本。若者向けだからって、舐めてはいけない。大人でも意外と知らないであろうエピソードも、少なくないのだから。

たとえば、核兵器開発競争の発端となる出来事は?と聞かれて、答えられるだろうか。
答えは、1938年12月にさかのぼる。ドイツの科学者オットー・ハーンは、衝突の力でウラン原子が2つに割れる現象を発見する。このニュースは、瞬く間に物理学の世界に広まる。優れた物理学者たちはみな、ある可能性に気づく。ウランは、分裂する際に膨大なエネルギーが放出される。つまり、〈核分裂を利用すれば、まったく新しい種類の爆薬がつくれる〉かもしれないのだ。

ドイツでは、すでに研究が進んでいるに違いない。ヒトラーに核兵器を持たせたら、大変なことになる。そうほのめかす、〈世界一有名な〉科学者アルバート・アインシュタインの手紙を読んだ、アメリカ大統領フランクリン・ルーズヴェルトは、1939年に「ウラン諮問委員会」を設置。1942年には陸軍主管の「マンハッタン計画」として、それまで検討してきた原子爆弾の製造計画が、実行に移される。ニューメキシコ州北部には研究所が秘密裡に建てられ、有能な科学者たちが次々と集められる。