■椎名林檎アリーナツアー「林檎博'14 ー年女の逆襲ー」
2014.11.30(SUN) at さいたまスーパーアリーナ
(※画像11点)

ライヴ中に何度も心の中で「ここはさいたまスーパーアリーナだよな」と確認した。ステージにあがった椎名林檎が「ようこそ、彩の国へ」と言っていたので確かではあるが、それでも、目の前に繰り広げられるショウによって、心はときに、クレイジーホース・パリやラスベガスへ。
ニューヨークのジャズクラブかと思いきや、ライヴハウスやオペラハウス、由緒正しき演舞場やコンサートホールへと景色を変える。椎名林檎は、バンドやオーケストラのアンサンブルと調和した歌声で、言葉で、衣装や美粧、さらにはちょっとした仕草で、ここではないどこかへと連れていってくれるのだ。

オープニングから驚愕させられた。開演の予定時刻から10分ほど経ち、ステージにかけられた紗幕にビックバンが映し出された。宇宙のはじまりから、生物の誕生を予感させる水中の映像となった。【RINGO EXPO ‘14】というタイトルに続いて、アコーディオンの音色が先頭を切る演奏とともに<ふたりが出会う瞬間よ/嗚呼なんて美しいの>という歌声が場内に響いた。椎名林檎の姿が見えない。必死に探していると、アリーナ後方から歓声が聞こえた。ステージ前方から視線を移すと、後方から前方ステージへとまっすぐに伸びた道を音も立てずに前進する彼女が見えた。青い水面に浮かぶ船に乗っている彼女は、3原色のトライバルなマントをはおり、頭の上には羽根と骨で形成された帽子を被っている。花魁道中のようでありながら、天照が降臨したような神々しさもある。豪奢ながらも野性味も感じられる美しさを放っており、息をするのを忘れるくらい見惚れてしまった。


演者と観客の幸福な出会いに祝辞を述べたあと、エキゾチックなムードが漂う「葬列」からダンサーが登場した乱調のパンクナンバー「渦中の女」までは、グリーンのワンピースに植物のヘッドドレスを着用。ラテンジャズで赤道を越え、都合のいい身体を走らせてスタンドマイクを握り、エレキギターをかき鳴らしたピックを投げ捨てる姿は、まるで海の底深くに沈んでいった過去の自分自身の死に対する弔いのようにも、悲しみとともに新たな種を撒いているようにも見えた。

オフホワイトのシルクチュールのロングドレスにベールを被ってパフォーマンスした4ビートのジャズナンバー「遭難」から、フルオーケストラで命を投げ出したいと思うほどの愛を情感豊かに歌い上げた「暗夜の心中立て」までは、人生における様々な恋愛を振り返っているように聞こえた。煌めきに満ちた新鮮で若い恋もあれば、甘えや嫉妬や欲望を見せ合う恋愛もある。自身の本性をさらけ出した恋愛で傷つき、壊れたその先にはきっと何かが残り、新しい命の歌がたおやかで力強く鳴り響くのだろう。

本編全25曲のちょうど中間に位置するのが、バイオリンやピアノが燃え盛るインストナンバー「Between today & tomorrow」。タイトル通り、今日と明日のはざま。イメージ的には「JL005便で」で日付変更線を越えたような感覚があった。拡声器を手にした「決定的三分間」と浮雲とのデュエットを披露した「能動的三分間」からの椎名は60年代のスチュワーデスのようなオレンジ色のタイトなショートスカートルック(PANNAM風)に身を包み、歌で様々な“変身“を果たしていった。魔法でネオンを照らし、歌手に扮したスパイが暗躍し、殺し屋は銃でガラスを割って逃げた。「変身」もいわば、自分の過去や存在意義の塗り替えを示唆しているような気がしてならない。

オーケストラやバンドメンバーの紹介がなされた「望遠鏡の外の景色」の最後、スクリーンに「ぜんぶ忘れちゃった」という文字が映し出された。
ここで、新しい太陽がのぼり、木々や花がいっせいに芽吹き、暗闇に閉じこもっていた人々も岩戸をあけて、顔を出した。最果てに向けて野生の本能のままで出かけた椎名は、白のロングコートで日の丸が上がるのを見届け、スケボーに乗って花道を掻き分けながらアリーナの後方へと向かう。「流行」では角の生えたバニーガールを引き連れて、ゴールドのスパンコールのドレスで登場し、音と光と官能の魔法をかけた。クライマックスではスカートを剥ぎ取ってハイレグに羽と尻尾が生えた姿へと「変身」。腰をくねらせ、右に左に見栄をきりながら、「静かなる逆襲」を歌う彼女は、日出処を目指し、天空を駆けるペガサスの化身となっていたのだ。“血”から生まれ、雷光を運ぶ天馬は、様々な季節を過ごし、過去の自分と決別し、新たな生を宿したような死と再生のストーリーのエンディングにふさわしいものだった。

アンコールでは、母親に与えられた女の子時代への別れを告げるように「ありきたりな女」を歌い、「今回は年女の逆襲というテーマでしたので、失礼かと思いますが、サディスティック気味にやってまいりました」とあいさつした。日本で生きるいち音楽家としての気概も感じた。音楽家としての逆襲を胸に陽の当たる王道たる「日出処」に力強く足を踏み出した彼女は、日本の音楽シーンの中心をハイクオリティなポップミュージックが占める日まで、どこにも帰還するつもりはないだろう。
(取材・文/永堀アツオ)

≪セットリスト≫
1. 今
2. 葬列
3. 赤道を越えたら
4. 都合のいい身体
5. やっつけ仕事
6. 走れゎナンバー
7. 渦中の女
8. 遭難
9. JL005便で
10. 私の愛するひと
11. 禁じられた遊び
12. 暗夜の心中立て
13. Between today & tomorrow
14. 決定的三分間
15. 能動的三分間
16. ちちんぷいぷい
17. 密偵物語
18. 殺し屋危機一髪
19. 望遠鏡の外の景色
20. 最果てが見たい
21. NIPPON
22. 自由へ道連れ
23. 流行
24. 主演の女
25. 静かなる逆襲
<アンコール>
1. マヤカシ優男
2. ありきたりな女

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