
代役を立てず、全編を一匹で演じきるという女優魂
──猫が出演する映画で「代役なし」というのは、かなり珍しいそうですね。
佐々木 おそらく猫映画では、史上初の試みだろうと聞きました。CM撮影などと異なり、映画は撮影が長期間に及ぶ上、移動なども多いので、万が一に備えて代役を用意することが多いんです。この子(ドロップ)の場合、屋外でのロケにも対応できるし、演技の面ではまったく心配していなかったんですが、体調管理はさすがに気を遣いました。
──今回、役作りで苦労した点は?
佐々木 難しかったのは「ただ、そこに猫がいるだけ」というシーンですね。僕らにとっては「路地を歩く」だとか、「猫ドアをくぐり抜けて出てくる」といった具体的な指示があるほうがやりやすい。じつは「自由にしていてください」というのがいちばん困るんです(笑)

カメラの下に置かれた箱は「こっちにおいで」のサイン
──撮影現場ではどんな風に、ドロップに指示を伝えるんですか。
佐々木 ドロップに向かってきてほしい場所に箱やカゴを置いたり、食器を叩いて鳴らしたり、猫じゃらしで気を惹いたり……と、状況に応じてありとあらゆることをやります。最も効果が高いのは箱です。中に猫エサを仕込んだ箱をカメラの下に置くと、「こっちだよ!」と我々が呼ばなくても、すうっと寄ってくる。ドロップは日頃のトレーニングで、箱の中にエサがあることも知っている。何より“箱があったら入りたい”という猫の本能が刺激されるのかもしれません。
──エサによって反応が変わることもある?
佐々木 ドロップは“カリカリ”が好きですね。子猫の頃はウエットタイプの猫缶が好きでしたが、背最近はもっぱら、カリカリ派です。ただ、日によっても違うので、撮影現場には何種類ものエサや缶詰を持っていき片っ端から開けて、いちばん反応がいいものを探るといったこともします。

女優猫を育てるトレーニングの秘策とは?
──猫というと、まるで言うことを聞かないイメージがありますが、トレーニングで変わるものですか。
佐々木 猫の性格によります(笑)。外に出してもおとなしい子もいれば、じっとしていられない子もいる。他の猫とは一緒にいられないけど、人なつっこいとか。僕たちトレーナーは猫の性格を見ながら、なるべくいいところを伸ばしていく。もちろん、普段からトレーニングも重ねていますが、猫は根を詰めるとすぐ集中力がなくなっちゃう。本人がその気にならないのに無理じいしてもうまくいかないんです。
100匹の同僚と暮らす、女優猫の日常
──ドロップの普段の暮らしぶりについて教えてください。
佐々木 うちのプロダクションに所属している猫たちと会社の寮住まいというか、合宿生活のような感じで暮らしています。“売れっ子だからVIPルーム”ということは全然なくて、兄弟猫と一緒に寝起きしています。

──佐々木さんとは一緒に暮らしていない?
佐々木 会うのは仕事のときだけ。でも、撮影現場ではよく、一緒に居眠りしていますよ。ドロップをこう、お腹の上にのせて、目をつぶってうとうとしながら呼吸を合わせます。すると、ドロップもリラックスして、演技に集中できる。ハタから見ると、ボーッとしているだけに見えると思いますが、これも僕らトレーナーの仕事なんです(笑)
──今日もすっかりリラックスして、寝ていますね。
佐々木 この子はだいたい、いつもこんな感じです。どこの現場に行っても落ち着いている。昔はよく”その他大勢”の野良猫の役なんかもやっていたんですが、たくさん猫がいても全然平気。子猫の頃から多頭飼いで育っているので慣れているんです。
──猫同士にも気が合う・合わないがあったりするんですか。
佐々木 相性はありますよ。たくさん猫が登場するような作品では、相性がいい子たちを選んでチームで参加することも多いですね。今回も、ドロップと劇中で直接からむ猫たちは、みんなうちの子です。
映画「先生と迷い猫」の注目シーン
──最後に、今回の作品のなかでとくに印象に残っているシーンを教えてください。
佐々木 やはり、仏間でイッセー尾形さんとドロップが二人きりで過ごす場面です。撮影の現場には大勢の人がいるし、ドロップにとって何より気になるのが録音マイク。頭の上に巨大な猫じゃらしが頭の上にあるようなものですから、つい気をとられて、よそ見をしてしまう。他のシーンはほぼ一発OKでしたが、このシーンは何度も撮り直し、最後はイッセー尾形さんがタイミングを見計らってくださって、何とか……と苦労したシーンでもあります。
撮影の思い出を振り返る佐々木トレーナーの横で、ドロップはのんびりうとうと。そのリラックスぶりからも、二人の深い信頼関係がうかがえる。猫界きっての大物女優・ドロップの名演技尽くしの映画『先生と迷い猫』は10月10日全国公開。つつしんでキュン死させていただきたい。
(島影真奈美)