天龍が教えてくれた“掘り起こすプロレス”
そういえば記者がプロレスを観始めたのは、“天龍革命”が巻き起こる『全日本プロレス中継』が入り口でした。
当時の天龍の雰囲気は、全日本プロレスに所属する他選手とは明らかに異質。あのリンチまがいの闘いぶりを観るや、彼のことを当然のようにヒールだと認識してしまいます。正規軍に所属する鶴田こそ、“善玉”。テレビを観るだけの小学生だった私は、それがファンの共通認識だと確信していました。

マニア度が進むにつれ、専門誌を買うようになる。そこで、初めて気が付きます。どうやら、私は何もわかっていなかったらしい。ファンがどれだけ、天龍の運動を支持しているか。インタビューで飛び出す天龍の語録も、いちいち考えさせるものがありました。「ハンセンにはプロレスラーの凄さを、ブロディにはプロレスの凄さを教えられた」とは、どういうことなのか? 深く深く、子どもなりに読み取ろうとします。
私がプロレスに目覚めた頃、専門誌がプッシュする“時代の顔”は間違いなく天龍源一郎と前田日明でした。

いつの間にか私の興味は、ヒールに見えたはずの天龍へとフォーカスしていきます。即ちそれは、当時のみんなの興味でもある。
その後、天龍は全日本プロレスを離脱。この行動を、週刊プロレスは異常なレベルでバッシング。天龍の考えを発信し革命を後押ししていた専門誌が、天龍の人格否定を展開。実を言うと、私の視線も天龍から外れつつありました。
しかしここからの天龍、プロレスの幅が異常に広がっていきます。それは、全日本末期と新日本プロレス参戦時の映像を見比べてみると明らか。

引退、はたまた第一線を外れ現役を続ける同世代が多いなか、天龍だけは奇跡的に現在までメインイベンターであり続けました。
引退試合の相手が、現代を代表する一等星のプロレスラー。これほど、天龍源一郎らしいチョイスがあるだろうか。郷愁を喚起するのではなく、最後まで最先端への渇望を失わない。天龍リスペクトを表明する選手が多いなか、「僕の名前を出すのは売名行為じゃないですよね?」と無知を強みに言い放つオカダの世代感がそそる。やっぱり、最後はオカダがふさわしいじゃないか。引退試合が近づくほど、その思いは強くなっていきました。

天龍を入り口にプロレスを観始めた記者ですが、もっと好きになった選手はいます。しかしプロレスの魅力を存分に教えてくれたのは、振り返ると天龍であった。天龍を入り口にし、天龍で卒業する。




引退試合前インタビュー

――ついにこの日がやって来てしまったというのが、ファンの気持ちです。
天龍 「あぁ、もう今日で最後かな」という気持ちですね。
――表情から見ると、穏やかな心境なんじゃないかなと思うんですけど。
天龍 まぁ、今さらね(笑)、気持ちがどうのこうのっちゅうのはないんですけど、相手は新日本のエースですから、平常心で臨めたらと思いますよ。
――天龍さんは引退について「お腹いっぱい」という表現をされてましたけど、オカダ・カズチカ選手は料理に例えると、どういう感じになりますか?
天龍 こってりのフレンチですかね。
――それを食べ切って、引退するという感じですか。
天龍 相撲とプロレスしか知らないですからね。そういう意味では、あまりフレンチというのは馴染みがないですけど、そのテイストを存分に味わいたいと思います。
――昨日の夜は、よく眠れましたか?
天龍 それがねぇ、興奮してよく眠れなくて(笑)。自分でびっくりしてねえ。

――あんまり、そういう経験って……
天龍 いやぁ、無かったですね。なんなんだろうね。
――オカダのことは、ビデオとかで分析はされたんですか?
天龍 いや、全然してないですね。今まで俺がやってきたプロレスと彼のプロレスのせめぎ合いで。
――この引退試合は、娘さん(天龍プロジェクト・嶋田紋奈代表)がだいぶ支えて作ってきたと思うんですけど。
天龍 そうですね。たった5~6人のスタッフでこの1万人越える会場を切り盛りしたということは、立派だと思います。
「ジャイアント馬場とアントニオ猪木をピンフォールした唯一の日本人レスラー」と「天龍源一郎を介錯した男」
開場時、会場で流れるBGMをしばらく意識していなかった。「移民の歌」「リアル・アメリカン」「ライディーン」と続き、「威風堂々」が流れた頃にようやく気付きました。
その後も、「阿修羅」「トレーニングモンタージュ」「Shoot It」「日本テレビスポーツ中継テーマ曲」「J」「王者の魂」「イノキ・ボンバイエ」「Dreams」と、天龍のライバルの入場テーマばかりが延々と国技館内に流れていきます。



ついに、この日のメインイベント。試合直前、会場内にはこの日に至るまでの経緯がVTRで紹介されました。
天龍 「ふざけたことを言いやがって、この野郎。諸先輩方に代わって、俺が成敗してやる」
黒と黄色ののぼりが掲げられる中、花道を歩いてきた天龍はショートタイツを履いている。ロープをまたいでリングに上った天龍に近付き、堂々とにらみ合いを仕掛けるレインメーカー。


最後の相手となるには十分な因縁があり、それでいてちょっとした違和感がある。引退試合が“夢の対決”という辺りが、天龍源一郎らしい。

ファンの歓声が、本当に凄い。ロックアップ、ロープワークの応酬から、ハイスピードで戻ってきたオカダを逆水平でマットに這わせ、レインメーカーポーズをとる天龍。

「チョップとグーパンチだけで勝負する」と宣言していた天龍だが、53歳、WARスペシャルと得意技を次々と披露。久しぶりの代名詞・パワーボムはスッポ抜けただけに危険な角度でオカダは落下!


一方、オカダも打点の高いドロップキックやダイビングエルボー等で、身体能力の高さを見せつける。

一進一退の攻防。生温かさがリングを包んでるのではなく、ちゃんと“強い”という説得力がこの日の天龍にはある。
だから、オカダも容赦しない。
そして「レインメーカー」が決まり、3カウントが入った。

立ち上がれない天龍に向かって深々と一礼し、リングを後にするオカダ。「ジャイアント馬場とアントニオ猪木をピンフォールした唯一の日本人レスラー」という称号が天龍には与えられましたが、オカダには「天龍源一郎を介錯した男」というとてつもない箔が付いたのです。このままオカダには、挫けることなく天下を獲ってもらいたいと思っています。
しばらくして立ち上がり、マイクを掴んで開口一番「負けたー!」と絶叫する天龍。
天龍 「俺は、本当に腹一杯のプロレス人生でした。ありがとうございました!」
10カウントゴングを聴き、セレモニーを終え、天龍はリングを去りました。

天龍源一郎、引退記者会見
――天龍さん、プロレス人生最後の試合が終わりました。今の素直な気持ちをお聞かせください。
天龍 悔しいですよ。俺のプロレスは“掘り下げるプロレス”だけど、彼は新しいプロレスを俺に体験させてくれましたよ。ラリアット(レインメーカー)もシャープで。こんなことを言うのはシャクだけど、最後にふさわしい相手でしたよ。

――平成のプロレスは堪能できましたか?
天龍 見せつけられましたよ。
――ご自身のプロレスは最後まで出し尽くせたという気持ちはありますか?
天龍 出し切れたと思ってますよ。鋭角的なパワーボムも出せましたし、そこを起きてきたわけだからね、やっぱり彼はいいものを持ってると思いますよ。
――最後の3カウントを聞いて、どんな気持ちだったんでしょうか?
天龍 いやぁ、なんかわかんなかったですね。いいのが“バチャーン!”とノドの奥に来たなとは思ってたんですけど、スリーが入ったとは思ってなかったですね。
――気付いたら、試合が終わっていた感じですか?
天龍 そんな感じですね。飛び蹴りも、いいのが何発か入りましたからね。
――今日は、久しぶりに黒のショートタイツで登場でした。オカダ選手からも「ショートタイツで」と言われていましたが……
天龍 オカダが言ったからどうのこうのじゃなくて、やっぱり最後くらいは潔くという。オカダのファンの人たちに見たまま感じてもらえればいいなという、俺の気持ちです。今日の試合を見てその通り語ってもらえればいいし、思った通りの天龍源一郎を。
――ファンの人たちが最後に焼き付ける姿がショートタイツというのは、素晴らしいプレゼントだなと思いました。
天龍 そうですか(笑)。ロングガウンも(レスラー人生で)初めて着たロングガウンだったし、そういう意味では先祖帰りと言うんですか。昔の天龍源一郎に戻ってやりたいと思ったんだけど、いかんせんIWGPチャンピオンは結構なもんですよ。なかなかのもんでしたよ。
――天龍さんを介錯したオカダ選手へのメッセージはありますか?
天龍 いや、何もないですよ。このままプロレス界を引っ張ってってほしいというのが、俺の気持ちですね。
――10カウントゴングを聴いている瞬間というのは、どんなお気持ちでしたか?
天龍 意外と“無”でしたね。何も感じなくて、この場は二度と無いんだなと。これから追々、色んな時間ができてくると考えることもあると思うんですけど、今はオカダ・カズチカと闘い終えたというだけですね。
――これからに関して、何か考えていらっしゃいますか?
天龍 いや、何も考えてないですよ。まぁ、答えがあるとしたら……ビールでも飲みますか(笑)。

――紋奈代表とは、リング上でどんな親子の会話があったんですか?
天龍 両国をとってくれたりとか、5~6人でこれだけの大観衆を集めてくれたりとか、我が娘ながら男前ですよ(笑)。
――阿修羅原選手が引退した時、家族の方にかけた「阿修羅をお返しします」という言葉を思い出すんですけど……
天龍 はい。言いましたね、あの時。
――家族のもとに戻るという感覚でしょうか?
天龍 いや、こちらから一方的に言うわけにはいかないから、後で相談します(笑)。
――目を閉じると、どんなレスラーが頭に浮かびますか?
天龍 今日来てくれたファンクスもそうですし、馬場さんもそうですし、鶴田選手もそうですし、志半ばで僕のように最後までできなかった方たちのことはやっぱり。俺は曲がりなりにも自分の足で立ってみんなから拍手をもらって降りられただけでも、幸せだと思ってます。
――物凄い観衆でしたね。
天龍 いや、本当にありがたいことです。
――リングへ行く花道の中で、大観衆を見た時にどういうお気持ちになりましたか?
天龍 一言、ありがたいと思うだけですね。本当に、ありがとうございますっていう。簡単な言葉ですけど、そこに尽きますね。
――奥さんに何か一言ないですか?

天龍 リングに上がる前に、「間違っても私を呼び込まないでよ」と言われましてね(笑)。こんな天龍源一郎を支えてくれて、ここまで押し上げてくれたという感謝の気持ちですね。

「プロレスファンは過去に生きる」なんて言葉があるけど、頑なに“過去”になることを拒み続けた天龍。ノスタルジーを拒否しているのに、結果的にウェットな感情を抱くファンばかりになってしまうのは、この人の器量によるところが大きいと思う。
かつて、天龍同盟のレボリューションジャケットには「LIVE FOR TODAY」という刺繍が入っていた。


「今を生きる」の精神で最後まで駆け抜けた40年間が、天龍源一郎のレスラー人生でした。
(寺西ジャジューカ)