このデザインは日本に限ったものではなく、世界中で見られるもの。いつから路線図は「縦・横・斜め」の直線で描かれるようになったのか。結論から言うと、鉄道を生んだ国・イギリスから歴史が始まっている。
世界初の路線図は?
世界で初めて蒸気機関車による営業運行を行ったのは、イギリスのストックトン・アンド・ダーリントン鉄道(1825年)。鉄道ができたということは路線図も描かれてそう…だが、青木栄一『交通地理学の方法と展開』によれば、当時の時刻表はあるが路線図は残っていないらしい。その代わり、運河地図に鉄道が併記されていたそうだ。
世界初の路線図は、世界初の時刻表に載っている。1839年に刊行された『ブラッドショウ・イギリス鉄道地図』がそれだ。巻頭の口絵に路線図が掲載され、通常のイギリスの地図の上に路線を重ねあわせて描かれている。
ちなみにこの『ブラッドショウ・イギリス鉄道地図』、『恐怖の谷』などシャーロック・ホームズに「ブラッドショー」の名前でたびたび登場している。ホームズの移動にも使われているのだった。
現在の路線図デザインはロンドン地下鉄から
地図がベースの路線図は路線が増えていくと複雑さを増し、経路や乗換がパッとわからなくなってしまう。
この問題を解決したのが、縦・横・斜め45度でデザインされた「ダイヤグラム型」路線図。この形式を最初に考えたのは、ロンドン地下鉄の技術者、ハリー・ベックだった。
駅と駅のつながりさえわかれば乗換には困らない。ベックは駅と駅を直線でつなぎ、駅間の長さは実際の長短に関わらず一定とした。駅は点で、乗換駅は菱型で表示。駅以外の情報はテムズ川だけした。Ken Garland『Mr. Beck's Underground Map』に製作中のスケッチが載っているが、まるで電気回路のようになっている。
仲間の薦めもあり、完成したデザインを広報部に提案してみるが「あまりに今までと違いすぎる」と却下。翌1932年、ちょっと変えた案をあまり期待せずにもう一回提出すると、今度はあっさりOK。1933年にベックがデザインした路線図が無料配布されると爆発的な人気になり、以後80年余り、現在に至るまで当時のデザインが踏襲されている。
その後、世界中の鉄道がベックの案を踏まえたデザインで路線図を描いた。東京もパリも北京もモスクワもダイヤグラム型だ。今もロンドン地下鉄の路線図には隅の方にベックの功績を讃える記載がある。
This diagram is an evolution of the original design concelved in 1931 by Harry Beck
……と、しっとり締めようと思ったら、2016年1月版(Tube - Transport for London)にはこの文章が無い。
東京の地下鉄も「持ち込み」
日本では営団地下鉄(現:東京メトロ)が、日本で初めてダイヤグラム型の路線図を取り入れている。デザインしたのは「いいちこ」などのアートディレクションで知られる河北秀也。しかし営団地下鉄が依頼して作ったわけではない。これもロンドンと同様に「持ち込み」なのだ。
当時のことは著書『河北秀也のデザイン原論』に詳しい。子供の頃から鉄道ファンだった河北は、上京して東京の地下鉄の複雑さに驚いた。路線図も「わかる人にしかわからないひどい物だった」と言う。そこで、わかりやすい路線図を作り、当時在籍していた東京芸術大学の卒業制作にしようと思いつく。しかし、路線のあまりの複雑さに制作は難航。結局卒業まで間に合わなかった(卒業制作は別の作品を提出して乗り切った)。
卒業後、河北は再び路線図の制作に取り組む。2.0m×1.5mのボードを作って「新宿のあたりを1ミリ動かすと、北千住付近まで影響が出て、また最初からやりなおし」というレベルの作業を繰り返し、半年がかりで最初のデザインが完成。
ロンドンも東京も、最初はユーザ側の視点から路線図の制作がスタートしているのが面白い。鉄道会社側は路線を毎日扱っているゆえにその複雑さに慣れてしまい、「わかりにくい」という前提を忘れてしまうのかもしれないですね。
「路線図ナイト」やります
そんなこんなで路線図好きが高まりすぎて、イベントをやることになりました。
2月13日(土)18時から、お台場の東京カルチャーカルチャーで『路線図ナイト〜路線図をながめて「いいねぇ〜」って言うだけの飲み会』を開催します。
国内・海外の路線図や妄想路線図など、とにかく路線図を愛でまくるイベントです。「路線図シルエットクイズ」などの企画も用意しているので、鉄道に詳しくない方でもぜひ!
(井上マサキ)