カンボジア・シェムリアップの見どころと言えばアンコールワットだが、とりわけ北朝鮮マニア、通称「チョソンクラスタ」にとっては、何はともあれ北朝鮮レストランであろう。
マニアの間では「北レス」とも呼ばれる北朝鮮レストランは、北朝鮮が外貨獲得のために運営すると噂される朝鮮料理店で、北朝鮮出身のお姉さんたちによる歌謡ショーが見どころとなっている。
記者も今年1月にシェムリアップを旅行した際、初日から北レス2軒、「平壌冷麺館」と「平壌親善館」を訪れてみた。どちらも韓国人団体客を連れた観光バスが店の前に連なり、ほぼ全ての座席が彼らで埋め尽くされている様子は別の意味で圧巻。店内はごった返し、給仕にショーにと忙しいお姉さんたちとゆっくりコミュニケーションとれないことが残念な感じではあった。同じカンボジアでもプノンペンの北レスなら、もっとじっくりお話しできるのに……。
しかし残念がる必要はない。シェムリアップには2015年12月4日、北朝鮮が運営するという噂の博物館「アンコール・パノラマ・ミュージアム」が生まれたばかりだという。北レスならぬ北ハクとはこれいかに? そして北のお姉さんとおしゃべりできるのか? できたてほやほやのホットスポットにさっそくでかけてみた。
どこかCGのようにも見える
場所はプリア・ノロドム・シハヌーク・アンコール博物館のすぐ手前。トゥクトゥク(3輪バイクタクシー)の運転手に「北朝鮮のアンコール・パノラマ・ミュージアム!」と伝えるが、オープン間もないからか全く知らないよう。ただ、シハヌーク・アンコール博物館はご存じのようなので、そこまで連れて行ってもらう。
街を抜けのんびりとした田舎道を直進すると、パノラマ博物館の看板が現れた! その奥には真新しいが人の気配のない、三角屋根のカンボジア建築が見える。これこれと運転手に伝えるが、半信半疑の彼は隣のシハヌーク・アンコール博物館に私を連れて行こうとする。いやいや、ここで合っているからとトゥクトゥクを降り、とりあえずその建物にずんずん入ってみた。
しかし中は薄暗く、スタッフのカンボジア人があわててやってきた。どうやら私が入ったのは裏口のようで、正式な入口の方へ案内してもらう。それが冒頭の写真である。堂々とした佇まいはさすがであるが、どこかCGのようにも見えるのはなぜだろうか。そして広大な駐車場には車の姿がほとんど見えない。
北朝鮮のお姉さんに遭遇
気を取り直して入場。入り口では10メートルを超えるバイヨンの油絵がお出迎え。あわせて、これまで点灯していなかった奥の部屋の電気がつき始める。ところが、館内を案内してくれるのはカンボジア人のお姉さんのよう。ちょっと、ここはやっぱり北朝鮮の方ではないの?
そこで「英語は全くできないけど朝鮮語ならできる」と言ってみたところ、やがてピンクのポロシャツを見にまとった北朝鮮のお姉さんが登場! 南の韓国語とは異なる奥ゆかしいイントネーションの朝鮮語に、記者も大興奮だ。
お姉さんに案内されながら、1階のインフォメーションホールを見学。こちらはアンコールワットの基本情報や歴史などについて学べる展示やジオラマが並ぶ。残念なことに、北朝鮮を感じる情報は特にない。
やはりというか私たちの他には誰も観覧客はいないようだが、お姉さんの話によると、韓国からの団体客がよくやってくるのだという。日本人も既に来ているのかと言うと、「ええ、たくさんいらっしゃいますよ」とのこと。まだオープンして2カ月も経っていないのに、さすがチョソンクラスタの先輩方である。
本物のアンコールワットの拝観料と同額
無料エリアは説明を聞きながら歩いても10分ほどで終わってしまう。ここから先のパノラマホールは入場料15ドル、アンコールワットの歴史を学べる3D映画は5ドル必要だという。あわせて20ドル……それって本物のアンコールワットの1日拝観料と同じ金額ではないか。
さすがにそれは高すぎるような気がして映画はパス、この建物のメインであろうパノラマホールとやらのみ見学することに。支払ったお金が最終的にどこに行くのかは、この際考えないことにする。
パノラマホールは建物の中心にあった。トンネルのような通路をぐるっと回って進むと、その先には、365度のパノラマでアンコールワットのいにしえの姿を見せる、壮大な油絵が広がっていた。 あるのは単に絵だけ、と言ってしまうことは可能だが、いやいやこの凄さは実際に見てみないと分からない。
全長122.9メートル。戦争中の様子や王国が繁栄している様子など、写真のようにリアルな絵の手前には、本物の草や岩が配置され、どこまでが立体なのか絵なのかわからないほど。北朝鮮の画家が持つ技術には圧倒されまくりだ。お姉さんによると北朝鮮の画家60人が描きあげたという。
私たちがパノラマホールを観ている間に、スタッフと思しき人たちがわらわらと集まり始めた。その中にはさっき乗ってきたトゥクトゥクのドライバーの姿もある。絶対入場料払ってないだろ。
お姉さんと記念撮影でフィニッシュ
360度の絵をぐるりと観てこのホールは終わり。15ドルで絵だけかよ! と正直思ったのは秘密だが、スタッフが撮影してくれるというので(写真は販売)、北朝鮮のお姉さんと一緒に記念写真を撮ってもらう。それは私にとって、この博物館内で最高のアトラクションとなった。
帰りに館内の喫茶スペースで休んでいく。高麗人参茶も注文できるのはさすがというところ。
記者が博物館を出ると、門は再び閉ざされた。きっと内部は再び消灯されているのだろう。ひみつの国にちょっと触れた興奮を胸に、とはいえ一応カンボジアに来てるんだし、明日こそは本物のアンコールワットを訪れようと思った次第である。
(清水2000)