2016年2月1日。元・TBSドラマプロデューサーの柳井満さん(享年・80歳)が亡くなった。

柳井さんの代表作といえばもちろん、学園ドラマのド定番にして金字塔の「3年B組金八先生」シリーズ。脚本家の小山内美江子さんが金八の母だとすれば、全シリーズでプロデューサーを務めた柳井さんは金八の父なのだ。

2011年放送の「3年B組金八先生・ファイナル〜最後の贈る言葉」(TBS系)でキッチリとシリーズを完結させているとはいえ、柳井さんの死は、金八ファンにとってものすごくショックなニュースだった(ボクも!)。

追悼の意味も込め、そんな柳井満さんの足跡を振り返ってみたいと思う。
武田鉄矢、長渕剛を俳優にした名プロデューサーの抜擢力。追悼「金八先生」柳井満
これくらい無茶なキャスティングのドラマ、あってもいいと思いますけどねぇ

「今までとは違う」柳井流ドラマプロデュース術


1958年、TBS(当時はラジオ東京)に入社した柳井さん。当初は報道志望だったらしいが、ドラマ制作部に配属される。

既に「ドラマのTBS」などと呼ばれていたイケイケな時代だっただけに、周りのドラマ制作部の人たちはドラマに一直線で、音楽など他のことにはまったく興味がなかったという。

そこで柳井さんは「先輩と違うことをやらなければ認めてもらえない」「今までとは違ったキャスティングで勝負しよう」と考えた。

「今までとは違った」柳井流のドラマプロデュースが最初にハマッたのがドラマ「愛と喝采と」(TBS系・1979年)。

当時、無名の新人シンガーソングライターだった岸田智史(現・岸田敏志)を、売り出し中の新人歌手という、岸田自身をほうふつさせる役柄で起用したのだ。