今夜7時からテレビ朝日系で「実録ドラマスペシャル 女の犯罪ミステリー 福田和子 整形逃亡15年」が放送される。
今夜放映「福田和子 整形逃亡15年」魔性の殺人逃亡犯を女優たちはどう演じたか
今回の寺島しのぶ主演のドラマの原作となった大下英治のノンフィクション『福田和子事件』(新風舎文庫)。このもととなる『魔性 福田和子 整形逃亡5459日』(徳間文庫)は電子書籍化もされ、比較的入手しやすい

このドラマがとりあげるのは、1982年8月に愛媛県松山市内で同僚のホステスを殺害した女が、顔を整形して日本各地を15年にわたり逃亡した末に逮捕された事件(松山ホステス殺人事件)だ。
主人公の犯人・福田和子を寺島しのぶが演じる。

今回のドラマは、事件を描く実録パートとあわせて、現代の編集者があらためて事件を取材するフィクションのパートにより構成されているという。後者のパートで新人編集者役を演じる松岡茉優は現在21歳。公式サイトで「福田和子は私が2歳の時に捕まりました」とコメントしているのを読んで驚いた。あの逮捕劇からもう19年が経つのだ。

1997年7月29日、時効までわずか2週間というタイミングでの逮捕、また、その直前にはテレビで、福田和子が逃亡先から愛人にかけた電話の録音(逆探知を恐れての「危ない、危ない」という彼女の発言は印象深い)が繰り返し流されたこともあり、事件は人々に強烈な印象を残した。

97年ということは、神戸で男児が殺された事件で当時14歳の少年が逮捕されたのと同じ年である。もっとも、福田和子が罪を犯したのはさらに15年も前のこと。逮捕されてまもなく彼女は起訴、1999年には松山地方裁判所で無期懲役の判決が下された。このあと控訴、上告がなされたもののいずれも棄却され、無期懲役が確定する。なお福田は服役中の2005年、くも膜下出血により57歳で死去している。

この事件は、これまでにもたびたびテレビドラマに映画にと映像化されてきた。
本記事ではそれら作品を紹介してみたい。ただし、もっとも重要な作品と思われる2002年にフジテレビで放映された大竹しのぶ主演のドラマ「実録 福田和子」は、いまのところソフト化もネット配信もされておらず、視聴がかなわなかった。その点、あらかじめおことわりしておく。

朝ドラヒロインが犯人役で一皮むける


まずは「KAZUKO'S CASE ~カズコの真実 月刊NEOムービー田畑智子~」(2011年)から。主演の田畑智子はかつてNHKの連続テレビ小説でヒロインも務めたが、30歳になったのを機に従来のイメージを覆すような役に挑戦した。それがこのDVD用の短編ムービーで、監督を映画「SR サイタマノラッパー」を手がけた入江悠が務めている。

現実の福田和子と同じく、田畑演じるカズコは地方のクラブにホステスとして勤めていた。自らの体で客をつなぎとめていたとはいえ、30歳を越えて焦り始めた折、同じ店に若くて華のある新人・アサミ(加藤真弓)が入ってくる。たちまち客の心をつかむアサミに嫉妬するカズコ。後日、何かをたくむようにアサミの家を訪ねる。カズコはアサミに一緒に独立して店を開こうと持ちかけたものの、断られたうえに罵倒されて逆上、殺害におよぶのだった。

アサミの遺体は、つきあっていた男の一人(永岡佑)を呼び車で運ばせ、山奥に穴を掘って埋めた。しかし早くも翌日には犯行が発覚、家で男との情事の最中に刑事がやって来る。
下着姿にサンダル履きで裏口から逃げ出すカズコだが、その姿はなぜか解放感にあふれていた。

――と、いよいよここから逃亡劇が始まるのかと思いきや、エンドロールが流れ、最後に「This is Beginning of 5459 Days escape.」との字幕で締めくくられる。これにはいささか拍子抜けしてしまった。ただ、ある種の呪縛から解かれ何かを予感させるところは、千葉で実際に起こった殺人事件をもとにした映画「青春の殺人者」(長谷川和彦監督、1976年)で主人公のカップルが母親を殺したのち、地元を脱出するというラストシーンをちょっと彷彿とさせたりもした。もちろん、このまま本編にして、続きを見てみたいとも思ったが。

女として、母として犯人を描く


「KAZUKO'S CASE」よりさかのぼること11年前、2000年には清水ひとみ主演で映画「カモメ 犯人・福間和江の殺人逃亡5459日の欲望」(中村幻児監督)が公開されている。福田和子事件を扱った映像作品としては、先にあげた大竹しのぶ主演のドラマよりも早く、同じく2000年に公開された藤山直美主演の映画「顔」(阪本順治監督)とあわせて本作が最初ではないか。

ただし、「顔」のほうはあくまで事件をヒントにしているにすぎない。藤山演じる主人公も、人を殺したのち顔を整形して逃亡生活を送るところは事件をなぞっているとはいえ、本来は引きこもりの家業手伝いという設定は、福田和子とはまったく異なる。もともとの事件はかなりドロドロしたものだが、生粋のコメディエンヌである藤山の好演のおかげで、喜劇的な色合いの強い作品となっている。

これに対して「カモメ」は「事件をヒントにしたにすぎない」とテロップでことわりつつも、かなり忠実に福田和子の軌跡を再現している。主演の清水ひとみは元ストリッパー。それだけに濡れ場も直截的に描かれる。
清水演じる「福間和江」は本来はさえない主婦ながら、逃亡後は整形や化粧によって徐々に艶めかしくなっていく。行く先々で男たちを虜にするさまがじつに生々しい。

一方で和江の母としての部分も強調される。逃亡中、一時期落ち着いた石川県内の和菓子店に内縁の妻として入った彼女は、郷里・愛媛に置いてきた長男を恋しさのあまり、石川に呼び寄せて店で修業させる。いくら何でもこれはフィクションだろうと思いきや、調べたところ何と事実なのだった。大胆というしかない。

ただし、福田和子を取材したノンフィクションで読む限りの印象とくらべると、本作の福間和江はちょっと線が細いのではないかという気もする。もちろん、映画はあくまでフィクションなのだから、こうしたとらえ方があってもいい。

殺人の動機は何だったのか?


福田和子の事件について、もともと私は断片的にしか知らず、とりたてて興味があったわけでもない。だが、この機会に松田美智子『福田和子はなぜ男を魅了するのか 〈松山ホステス殺人事件〉全軌跡』や大下英治『魔性 福田和子 整形逃亡5459日』といったノンフィクションできちんと調べてみて、事件の進展に引きこまれずにはいられなかった。

これらの本によれば、福田和子は捕まるまいと、ひとつのところに3カ月以上滞在しないことにして各地を転々とし続ける用心深さがあった。それでいて、先述の息子を呼び寄せた話にしてもそうだが、知人や肉親にたびたび電話をかけるなど、大胆さをも持ち合わせていた。


人間関係にしても、その強烈な個性ゆえ徹底的に嫌う人がいる一方で、親密になった人も少なくない。石川の和菓子屋に捜査の手が迫ったときには、福田をかばった人(彼女が殺人犯だとは知らないのだが)がおり、けっきょく警察はすんでのところで彼女を捕り逃す。福田が捕まったのは、福井で行きつけにしていた飲み屋を出て来たところだったが、通報した女将と常連の男性客は彼女と親しくしていただけに、その正体を知って葛藤を続けたという。

両極端なところをたくさん持っていた福田和子。その犯罪動機もまた、裁判で刑が確定してからもなお、割り切れない部分が残された。本人の供述では、Yさんにスナックの共同経営を持ちかけたところ、冷たくあしらわれたので衝動的に殺してしまった、ということだった。しかし関係者によれば、そうした話はYさんから聞いたことがないとの証言が多い(大下、前掲書)。

福田の供述の対して検察側は、共同経営の話はあとづけにすぎず、犯行は計画的なものと見て立証に努めた。福田は事件の直前、愛人との密会のため、松山市内のマンションに一室を借りている。愛人には自分は裕福な家の令嬢と偽っていたため、部屋にも高級な家具を置いて、あくまでウソを突き通そうとした。検察側は、福田がYさんを殺したのは、彼女の部屋にある家具を盗み出し、自分のマンションへと運び出すための強盗殺人だったと見なしたのである。

思うに、今回のドラマで実録パートだけでなく、現代の雑誌記者が事件の経緯をあらためてたどるというパートが加えられたのは、上記のような不明確な点をそれとして提示するためではないか。


殺人が計画的であったか否かは置くとしても、福田和子の人生は虚飾に満ちている。少女時代にしてすでに、同級生を相手に自分は裕福な家の娘なのだとよくウソをついていたという。その背景には、母親が小料理店を経営する一方、実家の一部を連れ込み宿にして売春を斡旋していたという異常な家庭環境があった。

その点には同情の余地があるとはいえ、しかしその後の殺人、逃亡劇はやはりあまりに不可解だ。福田は逃げるために、整形手術のみならず、その後もエステなどで若さを保つのに余念がなく、あまつさえ資金づくりのため自分の体を男相手に売り続けた。そのコストやリスクを考えれば、逮捕されたほうが肉体的にも精神的にもはるかに楽に済んだはずだし、その労力を少しでも罪を償うために注ぐことはできなかったのかとつくづく思う。

だが悔しいことに、物語として見れば、彼女の事件の顛末には抗いがたい魅力がある。だからこそ何度も映像化されるのだろうし、福田和子といういくつものウソを抱えた人間を演じるため、大竹しのぶ、藤山直美、そして寺島しのぶといわゆる演技派女優が起用されるのも納得がゆく。はたして今回のドラマで寺島はどんなふうに福田和子を演じるのか、おおいに気になるところだ。ついでながら、この機会にぜひ大竹しのぶ主演のドラマも、ソフト化なりネット配信されることを希望する。
(近藤正高)
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