東映アニメーションの90年代を語る上で外すことができないのは「おジャ魔女どれみ」と「デジモンアドベンチャー」という2タイトル。どちらも1999年に開始し、同じプロデューサーによって企画が立ち上げられているという共通点があります。
「どれみ」と「デジモン」の生みの親、関弘美プロデューサーにインタビューしてきました。
「どれみ」と「デジモン」を同時にプロデュース。ほとんど寝ていなくても「幸せ」
──『GIRLS』『BOYS』を読んでみて、改めて「東映アニメーションの作品に人生を作られている……!」と思いました。特に「どれみ」と「デジモン」は、今の20代半ばの世代に絶大な影響を与えている。そんな作品を同時に担当していくということは、どれだけ大変なことでしたか?
関 ほぼ寝てませんでしたね。普段なら週休二日の会社ですが、あの頃は朝から晩までの完全オフのお休みは一カ月に一日くらいしかありませんでした。真剣に労災対策として手帳に睡眠時間を書いていたんですが、毎日の平均睡眠時間は3時間くらい。それも、タクシーの中での移動時間を全部睡眠にあててようやくそんな感じでした。あの頃の口癖は「うちの会社がタクシー会社と契約を打ち切ったらその日が会社を辞める日だ」(笑)。立ち上げから余裕が出てきてからは、4.5時間くらいになりました。
──それでもものすごく過酷です。体力的にも限界が近かったのでは。
関 本当にしんどかったです。どっちも当たってる状態だから、派生する仕事がどんどん増えていくわけですし。でもね、不思議なことにね、幸せで幸せでしょうがない。自分でも脳みそがおかしくなってるんじゃないかと思うほど、アドレナリンが出まくっていた。「なりたい」と思っていたプロデューサーになることができて、念願のオリジナルものを、男の子と女の子とで両方同時にできる。こんな幸せなやつって2人といない。それまでずっと温めていたこと、学んだことを、全部出せる作品に同時に巡り合えて、しんどいけど幸せでした。
──東映アニメーションには「ドラゴンボール」と「美少女戦士セーラームーン」という大ヒット作がありますが、それらはどちらも原作付きの作品。オリジナルで同時期にここまでのビッグタイトルを担当するというのは、東映アニメーションの歴史でも前例がなかったのでは……?
関 そう言われてますね。あの頃の東映アニメーションは、「ドラゴンボール」「セーラームーン」が終わって、制作本数が3つしかなかった恐ろしい時代の真っただ中! 「オリジナルの作品を作りたい」「映画も作りたい」「会社を上場する」という目標を掲げてやって来た泊社長が、一回上場を諦めたほどでした。
おジャ魔女どれみ Blu-ray BOX/Happine
プロデューサーとして一番大事な仕事
──女の子向けと男の子向けの作品ということで、気持ちの切り替えも相当大変だったのではと思います。どうやっていたのでしょうか。
関 私がプロデューサーとして1人で作品を担当するようになったのは「GS美神」の27話以降。そこから、何本か番組をやっていた経験があったから、切り替えができるようになったんじゃないかと思います。「GS美神」は、立ち上がりを一緒にやったベテランの籏野義文プロデューサーが「スラムダンク」の立ち上げをすることになり、後半戦を任されることになったんです。さあいよいよひとりで頑張りましょう……となったときに、すごくショックなことを言われました。「プロデューサーとして一番大事な仕事は何だと思う?」。
──一番大事な仕事……。
関 心の中でうすうす気づいてはいたけど、口にしたくないことでした。一番大事な仕事は、「次の企画を立ててその準備に入ること」。スタッフがこの番組を必死になって作ってくれている真っ最中に、全く別のチャンネルで次のことを考えて、次のために動かなきゃいけないんです。その籏野さんの言葉は、そのあとずっとどんな作品をやっても常に頭にありますね。
──最高に盛り上がっている瞬間に「終わったあとのこと」を考えなくちゃいけない。
関 ビジネスの終わりが見えてきたら、次の作品のことを考えなくちゃいけない。枠の事情もありました。スタッフの前で見せる顔と、そうじゃないときの顔は別の顔。もちろんスタッフと一緒にいるときや宴会のときなんかは全力で楽しんでますよ、そうじゃないとスタッフや原作に対して失礼だから。でも家に帰るときや風呂に入ってるときは、別のことを考えている。
──関さんは、「GS美神」のあとは「ママレード・ボーイ」のプロデュースをしています。全く傾向も違う作品ですが……。
関 チャンネルを切り替えるのがプロデューサーの仕事。「ママレード・ボーイ」の最後の半年は「ご近所物語」のことを、「ご近所物語」のある時点からは「花より男子」のことを考えていた。そういう中で、チャンネルを別モードにする切り替えはめちゃくちゃうまくなりました。だから「どれみ」と「デジモン」を同時にできたんだと思います。
オリジナルを作るポイントは「普遍」と「時代」
──子どもだった当時は気づきませんでしたが、今見ると「どれみ」も「デジモン」も「同じ人が作っている匂い」がするなと思います。
関 「デジモン」は、「モンスターってなんだろう」ということをずっと考えていました。「どれみ」は「魔法ってなんだろう」。「どれみ」のときは、バンダイさんに手伝ってもらって、小学校3年生の男の子と女の子を対象に調査をしたんですよ。不思議だと思うこと、感動したこと、びっくりしたことはなんですか? 魔法って、そういうものの延長線上にあると思ったから。
──そのときの関さんの年齢は38歳、小3は8歳ですから、30年分の開きがあった。
関 でも不思議なことにね、彼らが不思議だと思ったことは、私が子どものころに不思議だと思ったことと変わらないんです。リトマス試験紙の色が変わることであったり、電話が人につながることであったり……30年経ても変わらない、普遍的な感動や不思議が間違いなくある。オリジナルものを作るときのポイントは、普遍的なものと、今の時代感。
──「今の時代感」というと、「どれみ」ではあいこが、「デジモン」ではヤマトとタケルが、いわゆる片親家庭です。特に「どれみ」では、あいこの家庭に大きくフィーチャーする回もあり、多くのファンから愛されています。
関 それもね、調べたんですよ。「デジモン」を始めるころに、東京はもちろん、田舎でも片親の世帯が12〜13%になっていた。
──あの当時、あいこちゃんのエピソードに心を救われた子どももきっと多かったと思います。私も放送当時は両親が別居していて、のちには離婚したので、あいこに対しては複雑な親近感を持っていました。今見返すと、すごく繊細に丁寧に描かれているなあと……。
関 「E.T.」や「未知との遭遇」もそうなのだけど、ああいう不思議な世界に出会う人っていうのはね、みんな家族に欠けたピースがあるんですよ。ハリウッドのシナリオ理論も必ずそうなっている。映画だけじゃなくて、「桃太郎」や「かぐや姫」にもそれを感じますね。桃太郎やかぐや姫と出会っちゃうおじいさんとおばあさんには子どもがいない。「ひみつのアッコちゃん」も、お父さんは外国航路の船長さんで、長期にわたって家にいないのよ。そういうことが子供心にずっと引っかかっていた。
──気になるきっかけなどはあるんでしょうか?
関 これはあとからわかったことだから、後付けかもしれないけれど……子どものときに、不思議な写真を1枚見つけてました。
──おおおお、不思議だ……!
関 大人になってから知ったことだけど、実は祖父には離婚歴があって、私の母親は前妻とのあいだの娘だった。つまり私がおばあちゃんと思ってた人は後妻だった。でも子どものころはそんなことは知らないから、頭の片隅に違和感が残っていたんでしょうね。引きずって生きてきたわけではないけど、物語を読むと「シンデレラ」でも「白雪姫」でも、継母のところに引っ掛かりを覚えて、異世界にすごく惹かれていた。もちろん「どれみ」も「デジモン」も作っているときにそんなに冷静に考えていたわけじゃないけど(笑)そういう空気は子どものころの記憶がもとになっているかもしれませんね。
今の時代なら、デジモンはスマホになる
──たとえば、関さんが今の時代に合わせて新しく企画を立てるとしたら、どんな作品をどうやって作りますか?
関 今もし「大人のための映画を作りなさい」と言われたら、「大人って、何歳ですか?」と聞きますね。38歳だとしたら、今の38歳が何年に生まれて、どんな事件があって、どんな社会の中で生きてきたか過去を追いかけます。今の38歳の統計を調べて家族構成も考えますし、彼らが60歳になったときの世の中も考えて、「今の38歳のための映画」を作りますね。あと、電車に乗っていると、スマホが面白いなあと思っていて。
──スマホですか。
関 今はみんな電車の中でスマホを見ているじゃないですか。「デジモン」を作っているころは、携帯電話を持っている人はまだまだ少なかった。あの時代はパソコンや携帯が身近になりつつあったけど、今はみんな持っている。あれをね、デジモンに置き換えるのよ。人間とデジモンは魂のパートナー、イマジナリーフレンズですが、人間とスマホが……。
──人間とデジモンになる。
関 なくてはならない「魂の友達」のようなスマホが、ある日一斉に使えなくなったらどうなる? デジタルワールドそのものがフリーズ状態になってしまって、たまたま人間世界に遊びに来たデジモンは戻ることもできない。このままデジタルワールドがなくなっちゃったらどうする? あるいはスマホが勝手に進化したらどうなる? そんな状況を発想する、想像するのがプロデューサーです。
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