YOSHIKIの設立したEXTASY RECORDSに所属するバンド達によるイベントとして、1988年から始まったのが『エクスタシー・サミット』だった。そこでおさらいの2回目は、当時の所属バンド達“通称=EXTASY軍団”についてお届けしよう。後に東京ヤンキースを結成するAMI(現ブロット・ロッカーズ)、今でもLADIES ROOMで活動するGEORGEなどが初期の軍団メンバーとして名前も知られている。だが二人とも、ずっと昔からYOSHIKIと顔見知りだったわけではない。
AMIはXをつぶすためにライブに乗り込んだのが、YOSHIKIと知り合うきっかけだった。最初はケンカ腰だったものの、Xのライブが良くて、打ち上げまで参加して、ついにはYOSHIKIと意気投合。Xにスタッフが足りないことを打ち明けられ、ひと肌脱ごうってノリで、ローディとして手伝うように。
またGEORGEは、自分のバンドからドラマーが抜けてしまったため、YOSHIKIを引き抜くためにXのライブに乗り込んだのが最初。やはり打ち上げで話をするうちに、YOSHIKIの男っぷりに惚れて、そのままXのローディになっている。ついでにGEORGEは、その時期、共同生活していたUME(後に東京ヤンキース)もローディとして巻き込む。
また、東京ヤンキースが活動を始めたとき、よく対バンしていたのが、まだLUNACYというバンド名時代だったLUNA SEA。LADIES ROOMのGEORGEも、LUNACYをよくかわいがっていた。Xのメンバーは時間を見つけてはいろいろなバンドをよく観に行っていたが、そこでHIDEが見つけてきたのがZI÷KILLだった。LUNACYもZI÷KILLも、「明日にはXを抜くから覚悟してください」と知り合って早々にYOSHIKIに生意気な口を叩いたのは有名な話だ。
そんなこんなで気づけば、XやYOSHIKIの周りには威勢のいいヤツらばかり。先輩や後輩という関係性でありながら、互いに仲間やミュージシャン友達として刺激しあうような間柄でもあった。ついでに書くと、打ち上げではどっちが酒が強いか一気が繰り広げられることもしょっちゅう。
「やっぱ気合いが入ってないとダメ。気合いが入ってるヤツには、何をやらかすか分からない未知の可能性がある」
これは当時、EXTASY RECORDSのボスである立花香流さんのお言葉である。
(文/長谷川幸信)
◆連載 第1回目:エクスタシー・サミット復活に身震い…YOSHIKIが率いたEXTASY RECORDS設立秘話(1)
◆連載 第3回目:“無敵と書いてEXTASYと読む”…YOSHIKIが率いたEXTASY RECORDS設立秘話(3)
■■筆者プロフィール
フリーライター。インディーズ時代より、X(X JAPAN)のインタビュー記事を音楽雑誌ロッキンfで執筆。『エクスタシー・サミット』のオフィシャル的ムック『無敵 EXTASY BOOK』(1992年、立東社)、『無敵II EXTASY BOOK 1993』(1993年、立東社)でも執筆及び編集協力で参加した。ちなみに、TOSHI、YOSHIKI、PATAとは同じ歳。