ベトナムといえばフォーと言ってもいいだろう。

日本のフォーはベトナムと全然違う? 本場の麺にはない「コシ」が存在
ベトナムのフォー、南部だとスープは少し濁るが北部は透明


鶏ガラや牛骨からダシをとったスープに、米大国・ベトナムご自慢である米粉麺のフォーを入れて具をのせて、多いときで五種類ほどの香草を盛る。
肉は、手荒く骨ごとぶった切った鶏肉もいいが、薄切りにした牛肉でもいい。牛肉入りフォー(現地では「フォー・ボー」と呼ぶ)は、うっすらとピンク色の半生状態が特徴。これによって、ビタミンを壊さずに得られるらしい。

このフォー、現地では定番の朝食で、路上の店先や屋台でモクモクと湯気が昇る寸胴鍋があればそれが目印。
おそらく、ベトナム人にとってのフォーの立ち位置は、日本人にとっての「ご飯と味噌汁のセット」が近い。


五年間で観光客数は1.5倍!ベトナム観光とともに人気の高まるベトナム料理とフォー


この五年で、日本からベトナムへの観光客は48万人から70万人近くと実に1.5倍まで増えた。ブームを超えてベトナム人気が定着しつつあり、それに伴ってベトナム料理の人気も高まっている。
コンビニには当たり前のようにフォーの即席麺などが並び、ベトナム料理店も増えはじめた。きっと、日本に増えるベトナム人在住者の存在も需要や供給を支えているのだろう。

日本のフォーはベトナムと全然違う? 本場の麺にはない「コシ」が存在
さまざまなベトナム料理たち(撮影場所はすべてベトナムです)。


だが、ここで、ひとつの疑問を投げかけたい。
日本で食べるフォーが、ベトナムで食べるものと同じだと思うだろうか?

答えは、ノーである。

以前取り上げた、「ベトナムの日本食チェーンによるローカライズ」。

丸亀製麺がトッピングにパクチーを用意したり、牛角が豚のおっぱい(肉)をメニューに載せているなど、皆さんもよく知る日本食チェーンは現地向けにメニューのカスタマイズを行っているという話だったが、これはもちろん逆の、日本におけるベトナム料理店でも同じことをしている。
そこで今回は、そんな「フォーのジャパナイズ」について紹介したい。


日本のフォーは「コシ」がある!?実はタピオカ入り


神戸三宮駅から徒歩9分、ベトナム料理店「コムコカ」にお邪魔した。


日本のフォーはベトナムと全然違う? 本場の麺にはない「コシ」が存在
ベトナム国旗を掲げる入り口。


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蓮の絵をあしらった、地下への階段をくだるとお店がある。


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ガッシリとした体格を持つ店主、古賀さんに話を聞く。


店主の古賀さんとはベトナムつながりで友人から紹介してもらい、今回会うのが二回目だ。

筆者  「私、前にここでフォーを食べたとき、『あっ、コシがあるな』と思ったんですよ」
古賀さん「そうですね。確かにうちのフォーに使う麺はタピオカが入っています」
筆者  「タピオカですか!」

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そう言って、見せてもらったフォーの乾麺。


筆者  「ベトナムでフォーを食べると、ふわっというか、歯を立てなくても切れるじゃないですか」
古賀さん「唇だけで切れますね」

日本のフォーはベトナムと全然違う? 本場の麺にはない「コシ」が存在
ベトナムのフォーはやわらかく、コシと呼べるものはない。


筆者  「どういった経緯で日本はタピオカ入りに?」
古賀さん「どこで、いつから、かは分かりませんが、このフォーを生産する会社の『アジョイン』さんが関西で初期の頃に販売して、瞬く間に普及したみたいなんですよ」

日本のフォーはベトナムと全然違う? 本場の麺にはない「コシ」が存在


パッケージの裏には、

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神戸に拠点を置く輸入元として「アジョイン」が記載されていた。

筆者の一時帰国中の日程の都合もあって取材は出来なかったが、このアジョインさんはタピオカ入りフォーを開発するまでに、コムコカを含めいろんなベトナム料理店へ足繁く通い、品質をチェックしてもらっていたらしい。古賀さんいわく、「ほかは知らないが関西のベトナム料理店のフォーはほぼアジョイン製」とのこと。
では、どうして日本で食べられるフォーにはタピオカが入っているのか。


日本のフォーはベトナムと全然違う? 本場の麺にはない「コシ」が存在
古賀さんによる調理風景。


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コムコカのフォー、麺にはタピオカが練りこまれている。


理由は単純明快、日本人にとって麺はコシを抜きに語れないからだ。コシと言えばうどんを連想するが、そばもやきそばもラーメンも、すべて歯ごたえが存在する。この当たり前のものが、ベトナムのフォーにはない。日本で食べたフォー、本場ではさぞ美味しかろうと現地で楽しみにして食べてはみたが、なんというか食べなれない食感で正直気味が悪かった…という声はときどき耳にする。当たり前なのだ、食文化が違うから。
それはベトナム人にとっても同様で、このタピオカ入りフォーを食べると違和感を覚えるという。

古賀さん「ベトナム人のお客さんから『もっと茹でてください』と言われちゃって」
筆者  「あはは!生だと思われたんですね、いくら茹でても弾力がありますもんね」

また、本場と違って手で持ち上げてもプツプツと切れない程度に丈夫なので、一度茹でたものを氷水で締めてサラダに使っても美味しいとのこと。そもそもパッケージの説明書きには、「うどんやラーメン、パスタの代わりとしても美味しくヘルシーでお勧め」と書かれている。家庭で使う食材としても驚くほど汎用性が高いんじゃないか、ジャパナイズ・フォー。


コシ以外のジャパナイズは、濃度やスパイスの調整と追加


タピオカはコシを加えるためで、仕掛け人はアジョイン。それは分かった。
では、ほかにフォーを日本人好みに変えるべく行った工夫はあるのだろうか。


古賀さん「ラーメンの発想で、黒胡椒を加えてます」
筆者  「確かに!本場にないですもんね、でもこの味付けは満足感が出る」
古賀さん「ほか、スープを結構、煮詰めてるんですよ」
筆者  「確かにフォーといえばあっさりとした透明なスープが特徴だけど、これは少し白く濁ってますよね」
古賀さん「はい。これは常連さんからのリクエストがきっかけで、食べたら美味しかったと。それからそのお客さんがほかの方にも教えて、みんなが注文する過程でそれがスタンダードに…という経緯ですね。ベトナムだと自分好みに調整できるよう、テーブルにチリソースやヌクマム(魚醤)が置かれていますが、日本人の食文化では馴染みが薄いのであらかじめ濃いものをという理由もあります」


日本のフォーはベトナムと全然違う? 本場の麺にはない「コシ」が存在
ほんのり白く濁ったスープ。



日本のフォーはベトナムと全然違う? 本場の麺にはない「コシ」が存在
黒胡椒はミルで挽いて入れている。


日本のフォーはベトナムと全然違う? 本場の麺にはない「コシ」が存在
こうして日越のフォーを並べると、左の日本の方がハリが強く見える。


そのほか、コムコカのフォーには、日本人にはクセの強い八角を本場よりも減らしたり、苦手な人もいる香草は別皿に盛って出すという工夫もしている(後者は現地でも一部の店舗である)。牛肉も、現地では筋張って固いことが多いが、コムコカで使う牛肉はオーストラリア産とアメリカ産の、黒毛和牛に似ていると言われるブラックアンガス牛を使っているため、非常に柔らかく甘みも感じる。確かに本来のフォーとは離れるが、日本人の舌にとってはむしろおいしく感じられるだろう。



適当なフォーはつくりたくない、ベトナム料理の入口だからこそ良いものを提供したい


古賀さんは、福岡と京都のイタリアンレストランで働いたあと、大阪で出会った雑貨屋の店主からベトナム料理店を紹介されたことが、ベトナムとの出会いだった。それから東京とベトナムの首都・ハノイで料理人として過ごし、オーナーシェフとして現在のコムコカ開店に至る。今の奥様のお母さんはベトナム人であり、もはやベトナムとは切っても切れない関係だ。

日本のフォーはベトナムと全然違う? 本場の麺にはない「コシ」が存在
フォーへのこだわりについて話す古賀さん。


古賀さん「もちろんすべてではないのですが、日本のベトナム料理店ってフォーにこだわりのないところが多いんです」
筆者  「それは…放っておいても勝手に頼まれるから、とか?」
古賀さん「そう。市販のスープで簡単に済ませたりとか。代表とする国民食だからこそ、誇りは持ってほしいですよね」
筆者  「外国で適当な寿司を出されることに似てますね、現地に合わせたローカライズは当然とは思いますが、その味がその国の料理のイメージに直結する、入口なんだと思います」
古賀さん「ベトナム料理は、日本の食文化に似ているところもあり、フランスや中国の統治時代の影響も交じり合って奥が深いと思います。私も住んでいたハノイには日本と同じく四季があり、コムコカでも地元・神戸の旬の食材を使いお料理を出しています。ベトナム人のスタッフもいますし、お料理や会話や、場の雰囲気を通して、ベトナムを身近に感じていただければと思います」

もちろん日本にあるベトナム料理店すべてがローカライズをしているとは限らないが、ジャパナイズ・フォーは、各店が日本人の舌に馴染むべく試行錯誤を繰り返した、素晴らしき知恵と努力の結晶だろう。

ぜひ、日本でフォーを食べてみたあとは、ベトナム現地に渡って本場のフォーと比べてみてほしい。
日本人とベトナム人の味覚の違いを、その舌で感じていただきたい。


【取材協力】
店名:コムコカ
住所:〒650-0003 兵庫県神戸市中央区中央区山本通3丁目3-1 燕京ビル B1

(ネルソン水嶋)