4月22日に公開される『3月のライオン』の後編は、新人戦に勝った主人公・桐山零(神木隆之介)が、将棋の道を邁進しながら、お世話になっている川本家のトラブル解決にも奮闘する。孤独だった零が、人と触れ合い心を開くことで、将棋の道も開かれてく。
漫画原作で悩ましいのは、原作が終わってないにもかかわらず完結させないといけないこと。今回は、原作者・羽海野チカが思い描いていたラストの案を参考にしつつ(それによって漫画のラストは変わるらしい)映画独自の解釈を加えてまとめあげたということだ。
「3月のライオン」大友監督「これは、神木隆之介にとっての最後の少年映画かもしれない」
3月のライオン 前編公開中 後編 4月22日(土)公開

大友啓史監督インタビュー後編は、ネタバレしない範囲で、内容に少しだけ踏み込んだものです。インタビューも映画も、ぜひ後編もご覧ください。
(前編はこちら)

「勝ち組負け組」という言葉が嫌い。いったい誰がそれ決めるんだ


───さて、監督は将棋については映画をとるに当たってどれくらい勉強されましたか?

大友 映画を作るに当たって、対局はたくさん見ましたね。
名人戦も、実際その場所に伺って、その場の空気を感じるなど幅広く取材をしたうえで、最終的に思ったのは、将棋盤で繰り広げられている戦い自体を描くのは映画としては難しいということでした。野球やボクシングだったら、どちらが攻守かピンチかチャンスかはっきりわかる。点数も出るから、勝ったり負けたりの途中経過から結果まですべて可視化されます。でも将棋は、10手先、20手先、30手先を読んで組み立てていくゲームなので、ひと目で優劣がわかりません。しかも、どちらかが「負けました」と言うことで勝敗が決まるものなので、本当に負けたかすら定かではない。自分が負けたと思っただけで、勝ち目を見逃しているだけかもしれないんです。
そんなだから、対局を観るほうも、盤上を見ながら一緒に作戦を考えるのが楽しいという、マインドゲームとしての魅力が将棋にはあります。そのため、いわゆる勝ち負けをめぐる話にしていくと、すごく狭い映画になっていくことに気づきました。むしろ面白いのは、勝ちだと思っていた人間が実は負けていたとか、負けだと思っていた人間が実は勝てたかもしれないという、まるで人生を反映するような面白さがあるんですよね。世の中で「勝ち組負け組」って言うけれど、いったい誰がそれ決めるんだと、この作品はそれを物語っているように思えて。「勝ち組負け組」とは僕がもっとも嫌いな言葉の1つなんですよね。

───前編はその将棋の対局が中心で、後編ではいまの監督の言葉のように人生の対局になっていきますね。
それも零だけでなく、ひなたの闘いや、香子(有村架純)と後藤(伊藤英明)との関係も意外な展開になっていきます。

大友 “勝ち負けは自分が決める”んです。例えば、「負けました」と言ったものの、ほんとは勝てる手があったことに気づけなかっただけだったとしましょう。そうしたら、ああ、俺はまだ未熟なんだ、しょうがない、明日からまた頑張ろうと、ひとりでもう一回立ち直っていくしかないんですよね。それはほんとに日々の営みに近いですよね。今日いやなことあっても、また明日がんばろうっていうことで生活は続いていくじゃないですか。
そういう意味で、棋士たちのゲームを描くことよりも、将棋盤に向き合う棋士たちの生き方や、彼らが何を背負ってそこにいるのか、なにをぶつけあっているのか、そういうこと自体を見せたほうが、やっぱり間口は広くなるし、映画として面白くなると感じました。ただ、いずれにしても、将棋盤には棋士の人生が詰まっていることを、後藤(伊藤英明)と零の対局の後の画に込めたつもりです。

───セリフのなかで印象的だったのは「将棋は相手から奪わない」っていうようなものです。哲学的ですてきだなーと。

大友 幸田(豊川悦司)の台詞だよね。将棋って見えない刀で斬り合う緊張感がありますね。
刀を持たない斬り合いであり、命の差し合いっていうイメージでは撮ってはいるんだけれども、でも、おっしゃるように、実は、何も奪うわけではないと。零は、対局の中で、いろいろなことを知って成長していくんですよね。

リアルな生活感が漫画にあるファンタジーとユートピア感を覆い尽くす


───インタビューの前編で、映画の前後編はそれぞれアプローチが違い、独立していてかつ補完し合うものであることを伺いました。改めて伺います。後編まで興味を引かせるために、どういう工夫をされましたか。

大友 前編は、はじめて実写になった『3月のライオン』を観るから新鮮ですよね。でも、後編は、その新鮮な興味では勝負できない。
逆にいうと、前編で描いた登場人物の抱えている問題を、自分自身の問題だと思ってもらえるように、そう願って創り上げました。単なるエンターテインメントではなく、自分自身が、「いま、必要な物語」だと思って観てほしいですね。

───自分自身の問題ということで、現代の東京の風景───零たちの住む下町や将棋会館のある千駄ヶ谷などが丁寧に撮られていることで、そう感じる助けになっていた気がします。

大友 最初に話した、零に対する「そんな恵まれた高校生はいねーだろ」「どこが孤独だよ」という思いもあって、映画を撮るときまず、「ユートピアなんかないんだ」ってスタッフに言ったんですよ。「ユートピアとしてこの映画を描くつもりはない」って。そのため、セットを作らず、できるかぎりロケーションでやると。零や川本家の人々は絶対にこの時代のどこかに住んでいるはずで、その実在感を実際の風景の中に探り当てる、それが演出プランの1つでしたね。実際にロケーションを見つけて、その家を隅々まで観察すると、そこにある歴史の積み重ね、ひとが住んでいた痕跡やリアルな生活感が漫画にあるファンタジーとユートピア感を覆い尽くすことで、映像にリアルな「生命」を与えてくれるんじゃないかって、そう感じましたね。観ていただけばわかる通り、川本家はみごとにピッタリのロケ地がみつかりました。零の部屋は、隅田川沿いにあるアパートみたいな建物の一室をロケスタジオとして貸している場所ですが。でもあれも、階がひとつ上でも下でも窓から見える川面がいい感じに見えない。3階なんですけど、ちょうど良い場所にあったんですよ。

神木隆之介の最後の少年映画を見逃すな


───前編の話になっちゃいますけど、最初に零が歩いているじゃないですか。エンターテインメント映画で、なかなかあんなに長く黙って歩かせないよね、と思って。でもそこにも現実が感じられてよかったです。

大友 あれはもうちょっと長く撮っていたけれど、プロデューサーに切れって言われました(笑)。尺の都合で。ま、ほんのちょっとしか切ってないですけどね(笑)

───私はすごい好きです。なんか黙って黙々と、毎日この人はこういう道を歩いているんだなーと思って。

大友 そうなんですよ。しかも、ちょっと重いんだよね、あの日の足どりは。義父と戦うからってことを、神木君は意識はしていると思います。

───しっかりした俳優さんですよね。

大友 神木くんをキャスティングできたのは、千載一遇のチャンスでした。あと2年ぐらいしたら、零の役は年齢的にできなかったと思うんですよ。

───じゃあ、最後の少年っぽさが出た映画になるかもしれないですね。

大友 少年っぽさと言っていいかどうかはわからないですけど、どんどん彼も大人の男性になっていきますからね。神木隆之介の最後の高校生姿を見逃すなってことですかね(笑)。ま、そういう意気込みで撮ったことは確かです。

───宗谷(加瀬亮)戦のために着物を着た神木さん、良かったですね。覚悟の話もありましたが、神木さんというか零の解脱っていう言葉は変だな・・・なにかの卒業じゃないけど、一歩進んだっていう感じがして。

大友 まさに「卒業」なんですよ。パート1(前編のこと。監督は前編、後編と呼びたくないそうで、時々パート1、2と言っていました)で零が新人戦で勝つところで誰もがイメージするのは「ビクトリー」で、へたしたら『ロッキー』のテーマをかけたくなる。でも、僕は「ビクトリーじゃないですよ。『卒業』です」と、作曲家の菅野さんにはお願いしたんですね。『3月のライオン』は、少年がその「蒼い時」をひとつひとつ卒業していく物語なんですよね。だから、零自体は新人王取って、次のキャリアにつなげようなんてことは実は考えてなくて、向き合っている相手の人間性に気づいていくわけです。盤の前で向き合う相手は敵とかそういうものではなくて、相手は自分と同じ人間で、弱さも強さもいろんなことを抱えているという当たり前のことに気づいた瞬間に、やっぱりちょっと成長すると思うんですよね。それって一種の卒業でしょう。最後の着物を着て向き合うときもやっぱ卒業の瞬間なんですよね。音楽もそういうタッチでつけています。少年がひとつひとつ何かを卒業して、そしてまた何かを得ていく、そういう話だと思っています。

───高橋一生さんが演じる零の学校の林田先生がまた効いていますよね。

大友 ね。気の利いたこと言うんだよね、こいつが(笑)。とりわけ「人類にとって大きな一歩だが・・・」っていう台詞がね。ほんとにほんのちょっとの前進だけれど、零は進んでいるんですよ。


というわけで、高橋一生ファンにもおすすめの映画です。大友監督はプレスで高橋さんのことを「ちゃんと生活感があって、さらに底に細かいグラデーションがあるんですね。林田先生が登場するシーンは映画全体の緩急でいうと『緩』のシーンですが、そういう時にこういう言い方されると救われるよね、という微妙なニュアンスを、うまく表現してくれている。彼に演じてもらうことで、とても豊かなシーンになったと感じています」と語っていて、ほんとうにこんなふうに寄り添ってくれる先生いたらいいなあと思わせます。
「3月のライオン」大友監督「これは、神木隆之介にとっての最後の少年映画かもしれない」
3月のライオン 前編公開中 後編 4月22日(土)公開

(木俣冬)



大友啓史
Keishi 0tomo
1966年岩手県生まれ。1990年NHK入局。97年〜99年、L.A.に留学し、ハリウッドで脚本や映像を学ぶ。帰国後、朝ドラ『ちゅらさん』、大河ドラマ『龍馬伝』、土曜ドラマ『ハゲタカ』、スペシャルドラマ『白洲次郎』などヒットドラマを数々演出した後、11年に退局し独立。映画『るろうに剣心』シリーズ、『プラチナデータ』、『秘密/THE TOP SECRET』、『ミュージアム』などを監督する。