連続テレビ小説「ひよっこ」(NHK 総合 月〜土 朝8時〜、BSプレミアム 月〜土 あさ7時30分〜)
第17週「運命のひと」第102回 7月29日(土)放送より。 
脚本:岡田惠和 演出:黒崎 博
「ひよっこ」102話。お父さんはやっぱり記憶喪失だった
イラスト/小西りえこ

連続朝ドラレビュー 「ひよっこ」102話はこんな話


女優・川本世津子(菅野美穂)の家には、みね子(有村架純)の、行方不明になった父・実(沢村一樹)がいた。

みね子が心配


怒涛の1週間だった。みね子にとっても、視聴者にとっても。


月曜日に、はじめてできた恋人・島谷(竹内涼真)と別れ、水曜日には、CM出演をし、土曜日には、父が記憶喪失になっていたことを知る。

東京の母こと鈴子(宮本信子)と、東京の姉こと愛子(和久井映見)ではないが、みね子が心配。

「十分ヤなこと味わってきたからねえ、あの子は」
「お父さんのことにはじまってねえ」
「もう辛いことないといいなあ」
「なんか心配だね」

これは、鈴子のつぶやき。
4月からドラマがはじまった「ひよっこ」はほのぼのした世界観が受けていたが、よくよく考えると、毎日の慎ましい生活の中にささやかな喜びはあっても、主人公みね子は、それを凌駕するに値する、いやなことを体験している。
そもそも、物語の発端は、奥茨城村から東京に出稼ぎに行ったお父さんが行方不明になったこと。家計を助けるために、みね子が東京に出て来て、物語が動き出した。

途中、お父さんは、泥棒に合って、給料を奪われ、それっきり姿を消したことがわかったが、その行方は知れないまま、100回が過ぎた。ドラマ時間で言うと、64年(オリンピックの年)に行方不明になり、今、67年で、3年が経過している(100回でまだ3年とは、朝ドラにしては短い)。
それがここへ来て、たまたま出会った女優・川本世津子の家で暮らしていたことがわかり、みね子は激しい衝撃を受ける。

「嘘だそんなの、嘘だ。だってお父ちゃんですよ。覚えてないなんてそんなことあるわけないでしょ。

みね子だよ、お父ちゃん。どうしたのよ、なんでそんな顔してるの、ね、みね子だよ」
 
「みね子だよ」は、2話で、お父さんに電話口で「みね子だよ」と涙ながらに言った時から、耳に残って離れない
台詞だ。これが、102回で、連続で登場すると、問答無用にヤラれる。

いつものややか細い喋り方とは一転、声を低く太めにして、父に投げかける有村架純(みね子)。
記憶喪失なんて状態は理解できないのだ。
全部、台詞を引用するのは遠慮するが、紛れもない父そのものにもかかわらず、自分を見る目がなんだか違うことのショックは計り知れない。
みね子は、そんな時も、彼女の性分である、相手の気持ちを読んで先回りの言動をする。彼女は、前から、父が奥茨城の貧しい生活がいやになってどこかへ行ってしまったのではないかと考えていたから、父が過去を捨てて、この女優と豊かな生活を楽しんでいるんではないかと想像したのだろう。
それを責めるつもりはなく、理解すると言うみね子。なんて、健気なんだ。

有村架純の、まぶたが真っ赤に腫れて見える。その下の大きな瞳から、「覚えてないなんて言わねえで」で涙がぽろり。

規定演技がきれいに決まったオリンピック選手のようだ。
この場面で、降り出す雨といい、その前、すずふり亭とあかね荘の中庭にはらはらと落ちる花びらといい、
この回、決めるぜ、という、スタッフ、キャストの気合が猛烈に感じられた。そして、みごとに、観ているほうも、降る雨のように、うるうる、べしょべしょ。

記憶喪失の物語といえば


ドラマだと大ブームを巻き起こした「冬のソナタ」(04年)が、未だ記憶に鮮やかだ。亡くなった恋人にそっくりの人が現れて、すでに他の人と婚約していたヒロインの心は揺れる。しかも、実はその人物が記憶喪失になったかつての恋人そのものだったという、衝撃の展開。

朝ドラでは「澪つくし」(85年)。夫(川野太郎)が海で亡くなり、ヒロイン(沢口靖子)が再婚するも、記憶喪失になった夫が現れて、心揺れるという悲劇が描かれた。
「ひよっこ」で実が街をぼーっと歩いている場面と、「澪つくし」で亡くなったはずの夫がぼーっと歩いている場面が、わりと似ている(オンデマンドで総集編が見られるので、ぜひ、ご覧ください)。

「ひよっこ」に近そうなのは、実写映画やアニメにもなった人気少女漫画「はいからさんが通る」(75年)。戦争で行方不明になってしまったヒロインの婚約者は、記憶喪失になって、介抱してくれた女性と結婚し、別の人生を送っている。ある時、ヒロインは、その人物と出会って心揺らす。


・・・とヒロインがいつだって心を大きく揺らすドラマチック設定が、記憶喪失だ。「冬のソナタ」のブームと並んで大ヒットした「世界の中心で、愛をさけぶ」(01年、映画やドラマ化は04年)によって難病ものがブームになって以来、記憶喪失ものはなりを潜めていた感があったが、久々の登場で、逆に新鮮だ。

全力で感情をぶつけてくるみね子の、強く握った手をおどおどとおろしながら離し「ごめんなさい」と言う、沢村一樹の所在のなさや、記憶がないけど、優しい感情はあるという、いろいろ混ざった不安定な雰囲気がよく出ていた。

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(木俣冬)
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