今、個人的に最も新刊が出るのが楽しみな漫画が『江川と西本』(小学館)である。

ついに最新第7巻であの伝説の79年秋の伊東キャンプの様子を描く。
ここで江川卓と西本聖が次代の巨人のエースの座を巡り火花を散らすわけだが、定岡正二は腰の痛みで多摩川残留。甲子園のアイドル“サダ坊”も1軍未勝利のまま、来季はプロ6年目の迎える。

さあ、江川と西本のライバルストーリーはどうなるのか? そして定岡の逆襲はなるのか? つづく……というわけだが、このコミック好きの人にぜひオススメしたい古い本がある。

1987年10月にCBSソニー出版から発売された『OH! ジャイアンツ』である。29歳での電撃引退から2年後の定岡が書いた(というか語り下ろした)一冊。これはいわば『江川と西本』の後日談的に読むと非常に興味深い。

彼らはいわば「80年代巨人」の象徴だ。それが87年、桑田真澄という19歳の沢村賞投手の出現と同時に江川卓が現役引退。88年オフに西本が中日へ。入れ替わるように“平成の大エース”斎藤雅樹が2年連続20勝と大黒柱として定着。
今思えば、昭和の終わりとともに世代交代に成功した巨人は混沌の90年代へと突入していくことになる。

定岡正二が書いた秘話の数々


さて、ついこの間まで同僚だったチームメイトたちに対して、サダ坊だからこそ書ける秘話の数々は注目だ。

怪物江川はとにかくお金にまつわる話が好きだったという。
定岡がグラウンドに取材に行けば、ピリピリした雰囲気の周囲を気にせず「儲かるかよ」と軽口を叩き、「オレに税金の話をさせたら、1時間でも2時間でも喋ってやるよ」と豪語する男は、税金対策のために巨人の現役プレーヤーで初めて個人事務所を設立。

だが決してケチなわけではなく、新聞記者を何人か集めてポーンとウナギを御馳走する一面も持っている。それはそれ、これはこれ。そう興奮しないでやりましょう。だって税金対策なんかして当たり前でしょ、俺らプロなんだから。江川卓は当時の球界では珍しく合理的でクールな考えを持った男なのである。

対照的に定岡と同期の高卒入団でドラフト外から這い上がってきた西本に対しては「クサい台詞をしゃあしゃあと言う奴だからね(笑)」と突っ込みつつも、自分が叩かれるとそういう重圧をバネにして「なにくそ!」と頑張れると評価する。

そんな同級生に対して、87年開幕戦で落合博満が加入した中日打線を相手に完封勝利を飾った西本も「サダ、今年のオレは違うぞ」なんつって嬉しそうに宣言してみせる。

鹿取義隆のデコピン合戦


そんな中、印象的だったのが現巨人GM鹿取義隆のエピソードだ。

80年代中盤、巨人のロッカールームではジャンケンで勝った方が負けた方のおでこを指ではじく「デコピンゲーム」が流行っていた。
この熱い戦いで強かったのはやたらと頭蓋骨が硬く頑丈なクロマティ。だから頭に死球を食らった翌日に代打満塁弾を打てたのか……というのは置いといて、もうひとりのキングは打者を観察するのが仕事のキャッチャー山倉和博。
しかも山倉の中指は骨折経験のため熊手のように変形している。
誰もが恐れたストロングスタイル山倉に鹿取は果敢に挑むも、5回に1回くらいしか勝てない。それでもまったく表情を変えず「ジャンケン、ポン」と低い声で戦い続けるわけだ。

周囲はそんな二人の果たし合いを“恐怖の二十番勝負”と恐れたという。そして、サダ坊は感心する。「鹿取ってのは、打たれ強いんだなぁ。こいつ、根性あるなぁ」。
もしかしたら、王監督が鹿取を信用して起用し続けたのもこのデコピン合戦の姿に感動したからなのかと思ったら、やがてコーチ陣からロッカールームでデコピン禁止令が出され、絶対に負けられない戦いは終わりを告げる。

定岡本で明かされた鹿取の一面


定岡は鹿取が空白の1日の影響もありドラフト外入団だからこそ、何事にも「負けてなるものか」という意地があったのではと記している。

ユニフォームを脱ぐとボディビルダーのように筋肉隆々としているが、酒を飲ませるとビール一杯で顔が真っ赤になる。それでも鹿取は「オレは本当は強いんだ」なんて意地を張ってみせる。
投手陣の会計係を担当し、サイン見落としなどの罰金を徴収する時も、鹿取が行くとみんな素直に払ったという。さらにオフにみんなの食事やゴルフで使えるように罰金用の預金通帳を作る一面も併せ持つ。


定岡本で判明する30年前の知られざる過去。異様なほどの負けず嫌いで几帳面、そんな鹿取義隆GMに低迷する現在の巨人の再建を期待したい。


(参考資料)
『OH! ジャイアンツ』(定岡正二/CBSソニー出版)
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