ブチ切れたFBI副長官、"ディープ・スロート"になる
「アメリカ最大の政治スキャンダル」と言われるウォーターゲート事件。1972年6月17日、民主党本部があるウォーターゲートビルに盗聴器を仕掛けようと侵入した男たちが逮捕されたことから、時の大統領である共和党のリチャード・ニクソンの任期中辞任にまで発展した一大事件である。

この事件の真相が世に出るまでに大きく影響を与えたのが、「ディープ・スロート」と呼ばれた内部の情報提供者だ。
『ザ・シークレットマン』は、マーク・フェルトがいかにしてウォーターゲート事件に対応したかを描いた作品である。事件発生直後からFBIとして、犯人とその黒幕が誰であろうと公正無私に捜査を進めることを決意したフェルト。だがウォーターゲートビルで捕まった男たちの中には元CIA工作員というキナ臭い素性の人間が含まれており、さらにホワイトハウスは法律顧問であるジョン・ディーンを通じて捜査に圧力をかけてくる。フェルトにとってさらに悪いことに、事件の直前にはFBI長官であるエドガー・フーヴァーが急死。後任としてやってきたL・パトリック・グレイ長官代理はニクソンの忠臣であり、フェルトは身内のはずの上司からも捜査の中止を要請される。
早い段階で次々に捜査妨害を進めるホワイトハウス、そして元工作員が関与していたことから同じく捜査中止を求めてくるCIA。おまけに上司はホワイトハウスの息がかかっている。八方塞がりになったフェルトは、大博打に打って出る。それが、旧知の記者を通じたマスコミへの情報のリークだった。
組織人としてのフェルトと、おっさんたちの暗闘
今の日本に無理矢理例えると、安倍首相の指示で立憲民主党の本部を元公安職員が盗聴していた上に、忖度に応じた官邸が捜査を妨害、ブチ切れた警察庁次長が朝日新聞に捜査情報をリークする……という感じになるだろうか(あくまで例え話です)。相当とんでもない事態である。しかし、フェルトが「ディープ・スロート」だった時に何を考えていたのか、本人が語ることはなかった。「ディープ・スロート」の正体が明かされた2005年にはフェルトは認知症を患っており、そのまま2008年に亡くなってしまったのである。
『ザ・シークレットマン』は、そのあたりの心理を丁寧に追っていく。フェルトはFBI一筋勤続30年、フーヴァー時代をこよなく愛する生粋のGマンである。そんな超ベテランの捜査官が「この事件は容赦無くバリバリやるぞ!」とテンション上がってる矢先に、別組織から「捜査するの自体がアウトなんで」と言われて黙って引き下がるだろうか。しかも窓口であるホワイトハウスの法律顧問はやたらと高圧的な若造である。そりゃブチ切れるに決まってるよなあ……。
また、この作品ではフェルト自身も手段を問わない捜査を行ってきた人間であることも描かれる。なんせフェルトは退官後の1976年には副長官時代に極左組織「ウェザーマン」に対する不法捜査で起訴され、有罪認定までされている。彼本人もFBIに殉じる、徹底した組織人なのだ。『ザ・シークレットマン』はフェルトを公明正大な正義の人ではなく、こうした法律無視の捜査も平気で行う男として描き、ゆえにマスコミへの情報のリークという突飛な手段に説得力がある。
かくしてホワイトハウスとCIAとFBIという3つの組織の男たちが、スーツを着て脂汗を垂らしつつ、自分と自分の属する組織のために暗闘を繰り広げる。誰が情報提供者なのかわからない疑心暗鬼。常に車の中で展開される身内のみの情報共有。深夜の駐車場での記者との接触。シビれる。筆者はこういう「一枚岩ではない巨大組織」の中でおっさんたちが暗闘する映画が大好きなのだが、『ザ・シークレットマン』はそういう嗜好の人間も大満足だ。劇中のセリフで「大統領は変わる。だがFBIは残る。CIAは残る。官僚は不滅だ」というのがあったが、そんな殺伐とした不滅の世界でバトルするおっさんたちの姿ほど脳にいいものはない。眼福である。
FBI副長官だって、娘の家出に苦労する
『ザ・シークレットマン』のもうひとつの主題が、家庭人としてのマーク・フェルトだ。
しかし鬼のFBI副長官も人の子である。極左テロ組織に関しては令状なしで捜査したりしていたが、娘にはできれば嫌われたくない。なので、調べたヒッピーのコミューンの住所に一通ずつ手書きで手紙を送り、受取人不明で戻ってきた住所をリストから消していくという方法でジョアンの住所を突き止める。穏健ではあるんだけど地味にネチネチした執念深い方法で家出した娘の所在を割り出す感じが、なんともFBI副長官である。
で、『ザ・シークレットマン』でフェルトを演じているのはリーアム・ニーソンだ。FBI職員のリーアムが行方不明の娘を探している……。この筋立てのおかげでどうしても『96時間』シリーズが脳裏に浮かんでしまい、「これはヒッピーたちがスピーディーに皆殺しにされてしまうのでは……?」と不安になった。実際に娘のいるコミューンに向かったリーアムがヒッピーを皆殺しにしたかどうかは、是非劇場で確かめていただきたい。
(しげる)
【作品データ】
「ザ・シークレットマン」公式サイト
監督 ピーター・ランデズマン
出演 リーアム・ニーソン ダイアン・レイン マートン・ソーカス トニー・ゴールドウィン ほか
1月20日より公開中
STORY
1972年、ウォーターゲートビルの民主党本部に盗聴器をしかけようとした男たちが逮捕された。FBI副長官マーク・フェルトは捜査に乗り出すが、ホワイトハウスやCIAからの捜査妨害に直面。憤激したフェルトはマスコミへの捜査情報のリークという手段に打って出る