これが役所広司、松坂桃李主演、白石和彌監督の映画『孤狼の血』のオープニングだ。これだけでこの作品が放つ空気がよくわかる。
捜査のためなら火を放つ男・大上
『孤狼の血』の舞台は暴力団対策法成立直前の昭和63年、広島県呉原市。取り締まりの法律もザル、バブルの真っ只中でカネもあるからヤクザがギラギラしまくっていた時代だ。呉原市は架空の街だが、実際には呉市でほとんどの撮影が行われた。呉市は東映実録ヤクザ映画の傑作『仁義なき戦い』の舞台だった街である(『この世界の片隅に』の舞台でもある)。
主人公の大上章吾(役所広司)は広島県警の暴力犯捜査係主任。ヤクザの組織にどっぷり入り込み、警察からもヤクザからも一目置かれている。捜査のためなら旅館に火を放ち、警察署の中で女(MEGUMI)にフェラさせてしまうような男(これは捜査とは関係ない)。決めゼリフは「警察じゃけぇ、何をしてもいいんじゃあ」。
大上の部下になるのが、一流大学卒のエリート刑事、日岡秀一(松岡桃李)。何でもありの大上の捜査に戸惑い、反発するが、やがて……という役柄。全編にわたって誰かからボコボコにされたり、誰かをボコボコにしたりしている彼もまた「狼の血」の持ち主なのだ。
大上の理解者なのが、クラブ「梨子」のママ・里佳子(真木よう子)。ヤクザがたむろする店であり、彼女自身も若いヤクザを恋人に持っているがゆえ、徐々に抗争に巻き込まれていく。真木よう子は恋愛ドラマよりこういう映画のほうがよく似合うと思う。
竹野内豊、音尾琢真が最低のヤクザ役!
呉原市で熾烈な抗争を繰り広げているのが暴力団の尾谷組と加古村組だ。義理と人情を重んじる小さな組・尾谷組を支えるのは若頭・一ノ瀬守孝(江口洋介)。彼に仕える永川(中村倫也)はクレイジーな鉄砲玉として抗争に身を投じる。それにしても中村倫也の昨今の大活躍ぶりはすさまじい。
尾谷組に執拗な嫌がらせを続けるのが、加古村組の若頭・野崎康介(竹野内豊)。竹野内豊は今回が初のヤクザ役だが、『シン・ゴジラ』のスマートな政治家役が信じられないぐらいのハマリっぷり。
卑劣、下品、残虐の三拍子揃った加古村組の構成員・吉田(音尾琢真)は股間に仕込んだ“ごっつい真珠”が自慢で、里佳子をつけ狙う。ドラマ『陸王』で熱血漢の陸上部監督を演じた男とは思えない、音尾琢真の最低の演技はこの映画の見ものの一つ。
ヤクザの大物役に石橋蓮司、嶋田久作、伊吹吾郎という異形のベテランたちを配しているほか、事件をかぎつける新聞記者役に中村獅童、大上と懇意の右翼にピエール瀧、大上の警察の同僚に矢島健一、田口トモロヲといった白石監督の警察ピカレスク映画『日本で一番悪い奴ら』に登場した面々も登場している。
見せてはいけないものを積極的に見せていくスタイル
原作は柚月裕子による同名小説。柚月自身、『仁義なき戦い』や『県警対組織暴力』の大ファンで、警察小説である『孤狼の血』も「いつか『仁義なき戦い』のような熱い小説を書きたい」という気持ちが執筆のモチベーションになっていたという。
監督の白石和彌はインタビューで「昔、実録映画を撮っていた東映として、そういうエネルギーがある映画を取り戻したい」というオファーがあったことを明かしている。そのオファーを堂々と受けて立ち、見事にやり遂げた格好。とはいえ、『仁義なき~』をそのままトレースするだけのではなく、韓国のノワール映画も参考にしたという。“見せてはいけないものを積極的に見せていく”アグレッシブなスタイルも韓国映画風なのかもしれない。
また、ヤクザの集団抗争ということで北野武監督の『アウトレイジ』シリーズと比較する声もあるが、こちらのほうが圧倒的にウェットで泥臭い。白石監督は「『仁義なき戦い』には本当に仁義が無いけれど、『孤狼の血』は各々が自らの正義を貫こうとする物語」と語っている。
役所広司は高校生の頃に『仁義なき戦い 広島死闘編』を観たときのことを「観てはいけないものを観てしまった感じがしました」と振り返っているが、バイオレンス映画に耐性のない人が『孤狼の血』を観たら同じような感想を抱くに違いない。地上波放送は絶対に無理だと思うので、ぜひ劇場で観てアドレナリンを沸騰させてほしい。
(大山くまお)