
5月23日、リクルートジョブズが提供するITを活用した働き方改革の成功事例を共有する「HR Intelligence Forum 2018」が東京・港区の六本木アカデミーヒルズで開催された。昨年より始まったリクルートグループのセミナーで、企業の戦略目標である生産性向上やイノベーションの推進、ダイバーシティー経営などを実現していくための情報やネットワーク構築の場を提供することを目的としている。
今回、特に注目を集めた講演は、サイバーエージェント 取締役 人事統括 曽山哲人氏の「社員の力を活かすために重要なこと~現場の声とテクノロジーの活用」だった。「働きがいのある会社」ランキング(Great Place To Work Institute Japan調べ)で10度選出された同社が、その知見を還元した。
上場当初は離職率が3年連続30%だった
サイバーエージェントは「AbemaTV」など若者向けのサービスを多く展開しており、社員平均年齢は31歳と若い会社だ。優秀な人材の確保が要となるインターネット産業では、社員の定着は企業の競争力の源泉とも言えるが社員の退職率は、8.2%と低い。入社間もない社員の抜擢や、新会社の立ち上げを任せるなど、誰でも活躍できる環境でもあり、入社3年以内の管理職比率は21.3%。
また、女性活躍にも注力し、女性活用促進の独自制度「macalonパッケージ」など福利厚生の充実により産休育休後の復帰率はほぼ100%だ。

曽山氏は、1999年に同社入社、当時の社員は20名だった。現在は、有期雇用も含めて8,500名の大企業に成長している。入社後、法人の広告営業に携わった後、2005年に人事本部長に就任。ネット業界で10年以上、人事部門のトップを務めるのはまれなケースである。
サイバーエージェントは上場後30%の離職率が3年続き、曽山氏によると「不機嫌な職場」だったという。飲みに行けば、会社や経営陣に対する愚痴ばかりで、風通しも悪かったと回想する。
懇親会支援制度などを創設し、コミュニケーションを促進
今は転職が当たり前の時代。現在の会社を辞めない理由をつくるためには、良質な人間関係が重要だと曽山氏は指摘する。
ポイントは、仕事以外の関係性をつくることだ。
1人当たり毎月5,000円の補助金を出す「懇親会支援制度」は、上司やメンバーも交えた部署内で飲みに行くことが条件。
「この制度を創設したキッカケは、ある部署の業績が伸びており、研究してみたらよく飲みやランチに行っていて、コミュニケーションが活発でした。仕事以外の関係性がどのくらいあるかによって社員の信頼関係も変わっていることが分かったのです。支援金は翌月に持ち越しできないような仕組みにしたのですが、『支援制度があるから飲みに行こうよ』という会話が生まれ、月末に頻ぱんに飲みに行くようになりました。本社付近の月末の渋谷道玄坂には『サイバーエージェント割引』をしてくれる居酒屋もあります(笑)」(曽山氏、以下同)

社内部活動も推奨し、部員が10人集まると一人あたり月1,500円の支援金を出す。
「社長の藤田晋はマージャンが趣味でして、マージャン部が150人と社内最大の部活になっています」
また、採用基準も「素直で良い人を採る」を掲げ、インターンシップや面接回数を増やすことで素直かどうかを判断していくように変えた。面接担当者に要望する選考基準は、「一緒に働きたいかどうか」だけだ。
「『自分たちに合う人を採用する』ことにこだわることで、入社してから部署が変わっても仲良くやっていけるのです」
社員の力を活かす3つの方法
サイバーエージェントの人事制度は「社員の力を活かすことで会社の業績が上がる」という理念のもと考案されている。重要な視点は以下の3点だ。

言わせてやらせる
これは本人に意思を表明した場合、どれだけ会社が応援できるかと言うこと。たとえば、社内での新規事業を提案してもらい、言った以上はそれを応援する。
具体的な取り組みとして、「あした会議」を行っている。
ルールとして、自分が担当する部署以外の課題を提案しなければならない。また、対象の部署の社員をチームに招へいすることも禁止だ。これにより、横断的な部門間や経営と現場の交流も実現できる。
あした会議は新規事業、コストダウン案、人事制度など20~30案をその場で決議する。
あした会議によって約10年で30社の新規事業が生まれ、売上げは1000億円、営業利益は100億円の経済効果が生まれた。同社の人事制度も、曽山氏が提案したものはほとんどなく、社員から提案したものが多いという。
同社が人材育成の中で大切にしていることは「決断経験」であり、自分で決めたと感じる経験の量と質を重要視している。それが社員の価値を高めることにつながる。
褒めは盛大に
社員にチャレンジし、主体性を発揮して欲しい時に、失敗した人を守る意味で挑戦した敗者にはセカンドチャンスを提供する。失敗に対するセーフティネットは必要である。セカンドチャンスを与えることはイノベーションや新規事業を推進するうえで、重要と曽山氏は強調する
同社は4,500人の正社員が在籍しているが、ホテルで、新人賞や社長賞などの表彰式を行っている。
ただし、表彰は時として、「しらけ」を生むという。たとえば、「えーあいつ社内外から嫌われているのに表彰するの?」という雰囲気も生じることはかつての同社ではあったという。そこで、結果を出していることを前提として、人望のある社員を表彰することに切替えた。人望については、任意の投票によることに決めることが効果的だという。実際、表彰を受けた社員は後に昇格するケースが多い。褒めの効果が大きい事例だ。
ところで社員の「しらけ」を避けることは重要で、あらかじめ「しらけのイメトレ」を行うことを習慣としているという。人事が会社を良くしたいとさまざまな人事制度を新設しても、社員から「面倒くさい」「誰が得をするのか」などの声があがることを先読みすることだ。
具体例として女性特有の体調不良を理由に休暇を取得できる「F休」を挙げた。この際、同時に「妊活休暇」を設けたが、妊活をしていること自体も周囲に知られなくないケースも多い。また、生理休暇を取得したくても男性上司に報告しづらいという声も挙がっていた。そこで、女性の休暇は通常の有給休暇も含め全て「F休」という名称にして、システムを通して女性の労務担当者に休暇取得理由を報告する義務はあるものの、上司には「F休」とだけ伝えればいいようにした。
全体で聞いて個別対応
全社でアンケートを採って、必要な人に個別に対応する。
具体的には社内のヘッドハンター制度も活発に行っている。4500人の正社員がいるため、どこで誰が活躍していることが不透明になりやすい。そこで、適材適所の「キャリアエージェントグループ」を新設し、社内で人材の流動化や異動を促進する試みも実施している。具体的なアクションは次の3点だ。
・毎月社内でアンケートを採っている
・役員会でアンケートデータを共有する
・必要な社員は面談し、役員に異動を提案
人のモチベーションは山のように変わるため、個人別に集計することがポイント。
「たとえば昨日までノリノリで仕事をしていたA君が上司に何気ない一言でやる気を失うこともあるのです」(曽山氏)
アンケートで活躍しているのが、独自開発したWebアンケートシステム「GEPPO」。前月の自分の成果を天気になぞらえて、快晴・晴れ・曇り・雨・大雨の5段階で回答する。「ほぼ全員が回答しています。天気が急変した場合は面談をします。また、チームごとの達成度も把握できます。
機密制を要するため、上司にもこのアンケート結果は見せないとのことだ。
同社ではGEPPOを通して年間100~200人に異動の提案をし、個人とチームコンディションをしているという。

かつては大量離職で話題にもなったサイバーエージェント。人事制度により、離職率が大幅に軽減し、「働きやすい環境」が整うと売上げも順調に伸びていった。2000年度の上場時には、売上げ32億円であったが、右肩上がりに伸びて2017年度には3,713億円と過去最高を記録している。
人事制度は会社にとって要であるというわかりやすい事例だ。
(長井雄一朗)